2007.09.01
歩くという字
睡眠導入剤を飲まないで寝てみようと頑張ったが、どうしても眠れない。眠れない。パソコンをつけたら余計眠れないとわかっている。テレビをつけたら余計眠れないとわかっている。でも寂しくてどうしようもない。
ふとテレビから、明日放送予定の『オーラの泉』という番組の予告が流れてきた。ゲストは金八先生でおなじみの武田鉄也さんらしい。
今まで先を急ぎすぎて走り続けていたのかな。少し止まってても前には進めるのかな。少しどころじゃないけど、もう少しだけ止まっててもいいのかな。
やっぱり今夜も眠剤を飲もうと思う。
ふとテレビから、明日放送予定の『オーラの泉』という番組の予告が流れてきた。ゲストは金八先生でおなじみの武田鉄也さんらしい。
耳から入ってきたこの言葉をボーっと聴いていたら、無意識のうちに涙があふれていた。歩くという字を書いてごらんなさい。歩くという字は「少し止まる」と書くんです。
今まで先を急ぎすぎて走り続けていたのかな。少し止まってても前には進めるのかな。少しどころじゃないけど、もう少しだけ止まっててもいいのかな。
やっぱり今夜も眠剤を飲もうと思う。
2007.09.01
ロボットに人間を感じるとき
いろいろ疲れてしまっている時に、うるさい番組とか見たくなくて、最近はNHKを垂れ流しにしている事が多い。私も年なのだろうか。
昨日の夜もNHKをつけていたら、『爆笑問題のニッポンの教養』という番組をやっていた。昨日のテーマは「ロボットに人間を感じる時・・・」知能ロボット学の話だった。まるで意志をもっているかのように見える、人間そっくりのロボットが出てきて、爆笑問題が気持ち悪がっていた。
「ロボットはヒトを映す鏡である」という石黒教授の言葉が印象的である。教授は、ロボットに感情をプログラミングしているわけではない。人間の動きを忠実に再現ているだけなのに、それを見た人間が勝手に、ロボットに「人間らしさ」を想像しているのだと言う。そして勝手に、愛着とか怖さとかを感じてしまうものらしい。
ここで私はハッとした。われわれ人間同士もそうなのではないか。相手は何とも思っていないのに、ただ動いているだけなのかもしれないのに、こちらの思い込み1つで、好きとか嫌いとか、機嫌がいいとか機嫌が悪いとか、どうとも捕らえることができてしまうのかもしれない。
好きな人も、嫌いな人も、すべては自分を映している鏡なのではないか。もしかしたら、相手はよくできたロボットなのかもしれないのに。もしかしたら、全てが私の空想世界かもしれないのに。色々考えていると、だんだん何が実在するものかわからなくなってくる。自分自身すらも、本当は存在しないものなのではないか?そう思えてくる。
すると番組は、最後に「人間とはなにか」という哲学のテーマにまで発展し、爆笑問題の太田さんがデカルトの言葉を引用していた。
つまり、こうして悩んでいる自分だけは、確かに存在していると言ってよいのだろうか?
ふと、いま「般若心経脳ドリル
」で習っている般若心経の一節を思い出した。
こちらでは、われわれが存在していようとしていまいと、そんな事をくよくよ考えるな。あるがままの姿を受け入れろと言っているように聞こえる。
難しい話になってしまったが、今日の成果を1つだけ。私がいつも「また決め付けてる」と怒られてばかりいる意味が、少しだけわかってきたような気がした。決め付けてはいけない。あるがままの姿を見なければいけない。自分の思い込みで相手の虚像をどうにでも作ることができてしまうのだから。それがわかったような気がした。こんな事を言うと、今度は「考えすぎ」と怒られそうだが。
ふぅ・・・
昨日の夜もNHKをつけていたら、『爆笑問題のニッポンの教養』という番組をやっていた。昨日のテーマは「ロボットに人間を感じる時・・・」知能ロボット学の話だった。まるで意志をもっているかのように見える、人間そっくりのロボットが出てきて、爆笑問題が気持ち悪がっていた。
「ロボットはヒトを映す鏡である」という石黒教授の言葉が印象的である。教授は、ロボットに感情をプログラミングしているわけではない。人間の動きを忠実に再現ているだけなのに、それを見た人間が勝手に、ロボットに「人間らしさ」を想像しているのだと言う。そして勝手に、愛着とか怖さとかを感じてしまうものらしい。
ここで私はハッとした。われわれ人間同士もそうなのではないか。相手は何とも思っていないのに、ただ動いているだけなのかもしれないのに、こちらの思い込み1つで、好きとか嫌いとか、機嫌がいいとか機嫌が悪いとか、どうとも捕らえることができてしまうのかもしれない。
好きな人も、嫌いな人も、すべては自分を映している鏡なのではないか。もしかしたら、相手はよくできたロボットなのかもしれないのに。もしかしたら、全てが私の空想世界かもしれないのに。色々考えていると、だんだん何が実在するものかわからなくなってくる。自分自身すらも、本当は存在しないものなのではないか?そう思えてくる。
すると番組は、最後に「人間とはなにか」という哲学のテーマにまで発展し、爆笑問題の太田さんがデカルトの言葉を引用していた。
「自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識しているところの我だけはその存在を疑いえない」我思う、ゆえに我あり
Je pense, donc je suis. - René Descartes
つまり、こうして悩んでいる自分だけは、確かに存在していると言ってよいのだろうか?
ふと、いま「般若心経脳ドリル
「体は幻のように実体のないものに他ならないのですが、かといって真実の姿は我々が見ている体を離れて存在するわけではありません。体は実体がないというあり方で存在しているのであり、実体がないというあり方が体の真実の姿なのです。」色不異空、空不異色、色即是空、空即是色
こちらでは、われわれが存在していようとしていまいと、そんな事をくよくよ考えるな。あるがままの姿を受け入れろと言っているように聞こえる。
難しい話になってしまったが、今日の成果を1つだけ。私がいつも「また決め付けてる」と怒られてばかりいる意味が、少しだけわかってきたような気がした。決め付けてはいけない。あるがままの姿を見なければいけない。自分の思い込みで相手の虚像をどうにでも作ることができてしまうのだから。それがわかったような気がした。こんな事を言うと、今度は「考えすぎ」と怒られそうだが。
ふぅ・・・
2007.09.01
ため息100回
今日だけで50回は深いため息をついた。100回ぐらいついたかもしれない。
ため息をつけばつくほど気が滅入るとわかっていても、不安がたまりすぎて動悸・息切れ・めまいが起こりそうになると、体が無意識のうちに酸素を要求するらしい。そう、もともと深呼吸のつもりなのかもしれないが、吐くときには「はぁ〜」と大きなため息になっているのだ。
昨日ほとんど眠れなかったせいか、頭が異常に回転している。医学的に言えば、交感神経が48時間ぶっとおしで活動し続けている状態のようだ。
何をやってもストレス解消にならない。むしろ、何をやってもストレスになってしまう。
ネト彼に対しても、いつも訳のわからないことをぶつけるのが申し訳なくて、かと言って聞いてもらえないのも苦しくて、聞いてもらえるまで待っているのも辛くて、こちらからしてあげれる事ももうないし、どうしていいのかわからない。彼には彼の時間も世界もあるし、もう解放してあげないとと思う。そんな訳で、やっぱり私はネットにいない方がいいと思う。
今はとにかくそんな気分。
ため息をつけばつくほど気が滅入るとわかっていても、不安がたまりすぎて動悸・息切れ・めまいが起こりそうになると、体が無意識のうちに酸素を要求するらしい。そう、もともと深呼吸のつもりなのかもしれないが、吐くときには「はぁ〜」と大きなため息になっているのだ。
昨日ほとんど眠れなかったせいか、頭が異常に回転している。医学的に言えば、交感神経が48時間ぶっとおしで活動し続けている状態のようだ。
何をやってもストレス解消にならない。むしろ、何をやってもストレスになってしまう。
ネト彼に対しても、いつも訳のわからないことをぶつけるのが申し訳なくて、かと言って聞いてもらえないのも苦しくて、聞いてもらえるまで待っているのも辛くて、こちらからしてあげれる事ももうないし、どうしていいのかわからない。彼には彼の時間も世界もあるし、もう解放してあげないとと思う。そんな訳で、やっぱり私はネットにいない方がいいと思う。
今はとにかくそんな気分。
2007.09.03
義務と罪悪感
みんなが楽しそうで良かった。私はとにかく自分が楽しいのが嫌なのだ。自分が幸せなのが嫌なのだ。本当にみんなが楽しそうで良かった。
尼崎JR脱線事故の時に知った「Surviver's Guilt(生存者罪悪感)」という言葉。そのとき初めて聞いた言葉だったが、私には物心ついた時からずっと植えつけられていた感覚だった。大事故に会ったわけでもないのに、いつもいつも感じていた。なぜ生きているべきではない私が、今ここに生きているのだろう?他の死にゆく人に申し訳なくて仕方ない。こんな私に楽しい事などあってはいけない。幸せになってはいけないない。こんな気持ちにずっと悩まされている。
だから、私以外の他の人が楽しそうにしているのを見ると、すごくホッとする。少しは私も救われるような気がする。
土曜日の夕方だったか。「神の左手・奇跡の天才ドクター」という番組の再放送を見た。
私は、本当は脳外科医か心臓外科医になりたかったらしい。会社に入ってからその仕事内容を知って、ガーンと頭を殴られたような気がした。手先の器用さ、集中力、執着心、人を助けたい心、これこそが自分の天職だったのかもしれないと直感した。今思えば、それからでも受験しなおして医師免許を取るべきだったのかもしれない。何事にも遅すぎるなんてなかったのかもしれない。でももう遅い、とそのときは思って諦めてしまった。
話はそれたが、その番組の中で脳外科医の上山博康先生が、こんな事を言っていた。
今日は久しぶりに外に出て、心療内科に行ってきた。ありとあらゆる薬をもらってきたので、これから薬漬けの日々を送ろうと思う。もう難しい事を考えることもないだろう。きっとこれで楽になれるのだろう。
それから、これからはできるだけ外に出ようと思った。家の中にいるよりも、フラフラと外を歩いていたほうが、はるかにリスク発生確率が高そうだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
尼崎JR脱線事故の時に知った「Surviver's Guilt(生存者罪悪感)」という言葉。そのとき初めて聞いた言葉だったが、私には物心ついた時からずっと植えつけられていた感覚だった。大事故に会ったわけでもないのに、いつもいつも感じていた。なぜ生きているべきではない私が、今ここに生きているのだろう?他の死にゆく人に申し訳なくて仕方ない。こんな私に楽しい事などあってはいけない。幸せになってはいけないない。こんな気持ちにずっと悩まされている。
だから、私以外の他の人が楽しそうにしているのを見ると、すごくホッとする。少しは私も救われるような気がする。
土曜日の夕方だったか。「神の左手・奇跡の天才ドクター」という番組の再放送を見た。
私は、本当は脳外科医か心臓外科医になりたかったらしい。会社に入ってからその仕事内容を知って、ガーンと頭を殴られたような気がした。手先の器用さ、集中力、執着心、人を助けたい心、これこそが自分の天職だったのかもしれないと直感した。今思えば、それからでも受験しなおして医師免許を取るべきだったのかもしれない。何事にも遅すぎるなんてなかったのかもしれない。でももう遅い、とそのときは思って諦めてしまった。
話はそれたが、その番組の中で脳外科医の上山博康先生が、こんな事を言っていた。
確か、国連で活躍されていた緒方貞子さんも、そのような事をおっしゃっていたと聞く。高等教育を受けたものの義務。その恩恵は社会に還元しなければならないと。少しニュアンスが違うのかもしれないが、欧米にはノブレス・オブリージュ (noblesse oblige)という言葉もある。これは聖書の一節からきている考え方だと言う。頭の良い人は私利私欲で頭を使わないで欲しい。神様がくれたプレゼントなんです。器用とか頭が良いとか足が速いとか全部そうなんですけど、人のために役に立つためにその力をくれていると思ってます。
本当は私もそうしたかった。社会のために、人のために何かしたかった。でももうできそうにない。本当にごめんなさい。もう遅いのだ。頭がクルクルとよく動く私は、今日でいなくなるのだから。多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。
−ルカによる福音書12章48節
今日は久しぶりに外に出て、心療内科に行ってきた。ありとあらゆる薬をもらってきたので、これから薬漬けの日々を送ろうと思う。もう難しい事を考えることもないだろう。きっとこれで楽になれるのだろう。
それから、これからはできるだけ外に出ようと思った。家の中にいるよりも、フラフラと外を歩いていたほうが、はるかにリスク発生確率が高そうだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
2007.09.05
うつ病のある1日
昨日は睡眠導入剤と睡眠薬をダブルで飲んだ。確かに泣きじゃくりながら寝たわりには熟睡できたようだが、今朝はやたら早く起きてしまった。典型的なうつ病の症状だ。フェレットの朝ごはんを用意するために起き上がり、その勢いで自らもパンをかじりながら、ボーっと朝のニュースやらワイドショーやらをはしごしたあと、安定剤を飲んで二度寝を決め込んだ。こんなときに母から電話があってはかなわない。電話線は抜いておいた。
昼過ぎに目が覚めて、さて何をしようかなと考える。いつもだったらすぐにパソコンに電源を入れ、メッセを立ち上げ、ネト友やネト彼とおしゃべりやゲームに興じていたところだ。もうそんな意欲もわかない。客観的に見ても、全てがバランスよく保てているように感じる。私が行くべきところは、もうない。
とりあえず、フェレットのウンチを片付け、般若心経脳ドリル
を15分やってみた。途中で心が乱れて、字が少し曲がったのが気になった。続いて、乗馬フィットネス機器 ジョーバ
に15分のった。所詮、運動しているという気休めだ。よく考えたら電気代の無駄なのだが、乗ってしまったものは仕方ない。それから外にでなければと思ったのだが、なんとなく体が重くなって立っていられなくなった。そして気がついたら、そのまま床で倒れて寝ていた。
夜遅くに帰ってきた同居の彼が、会社帰りにお弁当を買ってきてくれたので、さっきそれを食べた。そして食後に抗うつ剤と安定剤を飲んだ。彼はおなかがいっぱいになるとすぐ寝てしまう。私が毎晩泣いていることは気づいてないだろう。別に彼とは関係のない事だし、それはそれで構わない。あれこれ気にされる方が面倒くさい。
こうしてこのまま時間がたって、私は年老いて死んでいくのだろうと思う。寿命が80年前後だとすると、あと半世紀もの果てしなく長い時間をつぶしていかなければならない。神様は何のために私を生かしておくのだろうか。もう十分じゃないか。
ああ、今日から薬漬けで難しいことを考えなくなるはずだったのに、相変わらず私の頭の中はこんな事ばかりだ。また今夜も、睡眠導入剤と睡眠薬をダブルで飲もう。飲まずにいられない。
昼過ぎに目が覚めて、さて何をしようかなと考える。いつもだったらすぐにパソコンに電源を入れ、メッセを立ち上げ、ネト友やネト彼とおしゃべりやゲームに興じていたところだ。もうそんな意欲もわかない。客観的に見ても、全てがバランスよく保てているように感じる。私が行くべきところは、もうない。
とりあえず、フェレットのウンチを片付け、般若心経脳ドリル
夜遅くに帰ってきた同居の彼が、会社帰りにお弁当を買ってきてくれたので、さっきそれを食べた。そして食後に抗うつ剤と安定剤を飲んだ。彼はおなかがいっぱいになるとすぐ寝てしまう。私が毎晩泣いていることは気づいてないだろう。別に彼とは関係のない事だし、それはそれで構わない。あれこれ気にされる方が面倒くさい。
こうしてこのまま時間がたって、私は年老いて死んでいくのだろうと思う。寿命が80年前後だとすると、あと半世紀もの果てしなく長い時間をつぶしていかなければならない。神様は何のために私を生かしておくのだろうか。もう十分じゃないか。
ああ、今日から薬漬けで難しいことを考えなくなるはずだったのに、相変わらず私の頭の中はこんな事ばかりだ。また今夜も、睡眠導入剤と睡眠薬をダブルで飲もう。飲まずにいられない。
2007.09.05
代わりは誰でもいる
またNHKの番組の話で申し訳ないが、おとといNHKスペシャルを見た。昨日かと思っていたが、おとといだった。「人事も経理も中国へ」という、技術系の私からすると、なかなか興味深い内容だった。
興味深いと書いたのは、ここ最近の日本の製造業は、なぜか人事や経理といった「間接部門」(ホワイトカラー)の人たちが、とても偉そうだからだ。「効率化」「効率化」と騒ぎ立て、実際に最前線でモノづくりをしている「直接部門」(ブルーカラー)の我々がどれだけ血のにじむような努力をしてきたかなんてお構いなしに、これでもかと経費削減や人員削減を押し付けてくる。こんな事態に、私自身むしょうに腹が立っていたからだ。
自分達は給料待遇とも安泰という環境にあぐらをかいて、「直接部門」のみを地方へ移し、海外へ移し、結果として技術の国外流出、国内の空洞化を招いてきた。その結果、『日本のホワイトカラー1人当たりの生産性は先進国で最低』だそうだ。その事にようやく気づき始めたのだ。
うちの会社の晩年(私が会社を辞める直前)は特にひどかった。開発拠点でもあった自社の敷地に、総工事費何百億という本社ビルを建てたのだが、なぜか「作業服の人は本社ビルに立ち入らないように」という通達が出た。どうしても用があるときは、裏口から出入りするようにと。ホワイトカラーの人間しか入ってはいけないそうだ。いったい誰のおかげで飯が食えてるんだと、当時はものすごく疑問だった。社長がホワイトカラー上がりだったので、あの頃は地獄だった。
話がそれたが、私はそうした数々の恨みを思い出して、「ざまあみろ」という気持ちで、この番組を見たのだ。
ところが、番組を見ていたら、私のそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。職種とか関係ない。プライドを持ってやってきた仕事に対して、他の人から「それは本当にあなたにしかできない事なんですか?他の人にはできない事なんですか?」と問い詰められる現実。まるで「あなたの変わりはいくらでもいるんですよ」という事実を突きつけられているかのようで、いたたまれなくなった。
そう言えば私もよく言われていた。「そんなに1人で仕事をかかえるな」と。心配して言われているのではなかった。もし私が倒れたときに、誰も代わりがいない状況がまずいという意味だった。必ず情報は共有しておけ、マニュアルは作っておけ、口うるさく言われたものだった。そう、私の代わりは誰でもいるのだ。誰でもいるようにしておかなければいけないのだ。
番組の中で役員が言っていた。「これからは自分の給料に見合った仕事をしろ。それを自分で考えてくれ」と。ミスター総務と言われた58歳の男性は、「今さら他の仕事なんてできない。やめろという事でしょうかね」と悲しそうに笑っていた。
だが、このミスター総務はちょっと違った。「個人情報保護士」という資格を取ったのだ。そのうち当たり前になる資格なのかもしれない。だが、まだ誰もやっていない事、それを見つけて先駆者となって、後の人にノウハウを伝えて情報を共有していく、その気持ちが大切なんだなと改めて思った。
誰かの変わりはどこにでもいる。問題は、誰が一番最初にその道を切り開くかなのだ。
中国へ続々と生産拠点を移してきた日本企業が今、人事や経理などホワイトカラー業務まで中国に移し始めている。突然仕事を失ったサラリーマンたちの苦悩と再起を追う。
興味深いと書いたのは、ここ最近の日本の製造業は、なぜか人事や経理といった「間接部門」(ホワイトカラー)の人たちが、とても偉そうだからだ。「効率化」「効率化」と騒ぎ立て、実際に最前線でモノづくりをしている「直接部門」(ブルーカラー)の我々がどれだけ血のにじむような努力をしてきたかなんてお構いなしに、これでもかと経費削減や人員削減を押し付けてくる。こんな事態に、私自身むしょうに腹が立っていたからだ。
自分達は給料待遇とも安泰という環境にあぐらをかいて、「直接部門」のみを地方へ移し、海外へ移し、結果として技術の国外流出、国内の空洞化を招いてきた。その結果、『日本のホワイトカラー1人当たりの生産性は先進国で最低』だそうだ。その事にようやく気づき始めたのだ。
うちの会社の晩年(私が会社を辞める直前)は特にひどかった。開発拠点でもあった自社の敷地に、総工事費何百億という本社ビルを建てたのだが、なぜか「作業服の人は本社ビルに立ち入らないように」という通達が出た。どうしても用があるときは、裏口から出入りするようにと。ホワイトカラーの人間しか入ってはいけないそうだ。いったい誰のおかげで飯が食えてるんだと、当時はものすごく疑問だった。社長がホワイトカラー上がりだったので、あの頃は地獄だった。
話がそれたが、私はそうした数々の恨みを思い出して、「ざまあみろ」という気持ちで、この番組を見たのだ。
ところが、番組を見ていたら、私のそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。職種とか関係ない。プライドを持ってやってきた仕事に対して、他の人から「それは本当にあなたにしかできない事なんですか?他の人にはできない事なんですか?」と問い詰められる現実。まるで「あなたの変わりはいくらでもいるんですよ」という事実を突きつけられているかのようで、いたたまれなくなった。
そう言えば私もよく言われていた。「そんなに1人で仕事をかかえるな」と。心配して言われているのではなかった。もし私が倒れたときに、誰も代わりがいない状況がまずいという意味だった。必ず情報は共有しておけ、マニュアルは作っておけ、口うるさく言われたものだった。そう、私の代わりは誰でもいるのだ。誰でもいるようにしておかなければいけないのだ。
番組の中で役員が言っていた。「これからは自分の給料に見合った仕事をしろ。それを自分で考えてくれ」と。ミスター総務と言われた58歳の男性は、「今さら他の仕事なんてできない。やめろという事でしょうかね」と悲しそうに笑っていた。
だが、このミスター総務はちょっと違った。「個人情報保護士」という資格を取ったのだ。そのうち当たり前になる資格なのかもしれない。だが、まだ誰もやっていない事、それを見つけて先駆者となって、後の人にノウハウを伝えて情報を共有していく、その気持ちが大切なんだなと改めて思った。
誰かの変わりはどこにでもいる。問題は、誰が一番最初にその道を切り開くかなのだ。












