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ペットの死とは
2007.10.02 Tue 18:18 | | ペット
ゆうた やはり実家の15歳の猫「ゆうた」の容態が心配である。獣医さんによれば、検査の数値が悪化する一方で、早ければあと1週間の命だと宣告され、自宅で家族とゆっくり過ごしたほうがいいでしょうと帰されてしまったらしい。
 「ゆうた」は2代目の猫である。私が学生時代のときに、1代目の猫が死んでしまって、あまりの寂しさにペットショップから連れてきた子であった。アメリカンショートヘアの男の子で、手足が太く体も大きいのにとても気が弱く、庭に来た野良猫を見ると、小さくなってカーテンの陰からニャーニャーとか細い声で鳴くような猫である。今もさぞかし不安がっているのではないかと心配してしまうが、『自分がやがて死ぬ事を知っている動物は人間だけである』というし、具合が悪い不快感はあっても、おそらく「怖い」という感情はないのだろう。そう願いたい。

 1代目の猫は、友達からもらった雑種の猫だったが、生まれつき体が弱く、しかも途中から難病にかかってしまい、薬をたくさん飲ませないといけなかった。猫が薬を嫌がるあまり、家族はみんな世話をしたがらなかったので、私が1人で薬を飲ませていた。最後の方は猫も死に場所を探していたらしく、捕まえようとする私を本気で噛み、薬を飲ませるたびに私が血だらけになっていた記憶がある。本当に嫌われてしまったようでとても辛い役目だった。
 でもきっと、わかってくれていたのだと信じている。今は天国で待っていてくれていると信じている。「ゆうた」が寂しくないように、友達を集めて待っていてくれるといいな。そして私の事も待っていてくれるといいな。

 母が獣医さんに「もっと早く気が付いてあげていれば・・・」と悔やんで言ったら、獣医さんに「それは違います。」と言われたらしい。「野生動物は常に周りを警戒しているので、決して弱った姿を表に出しません。飼い主さんが気づかないのも仕方のないことです。」 我慢しているのとは違うのだ。ペットは家族の一員ではあるが、人間ではない。人間とは違う摂理にのっとって生きている生き物なのだろう。
 今までどれだけ救われたか知れない、愛らしい「ゆうた」のしぐさに声に感謝し、暖かく送り出してあげたいと思う。

 私の愛するフェレットもあと数年後には、天国へと旅立つ運命だ。同じような事を思う日が、そのうちやってくるのだろう。今はただ、「ゆうた」が苦しまない事だけを祈りつつ・・・・・

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意地と嫌味と皮肉
2007.10.02 Tue 12:22 | つぶやき | 小説・文学
 私はとにかく意地っ張りである。意地ってどこから来るのだろう。

い‐じ【意地】
  • 1.気だて。心根。根性。 「―が悪い」
  • 2.自分の思うことを無理に押し通そうとする心。 「―を通す」「―を折る」
  • 3.物をむやみにほしがる気持ち。特に、食べ物に執着する心。 「―が汚い」「食い―」
  • 4.句作上の心... [さらに]
意地でも【意地でも】
行きがかり上、無理にでも。意地になって。 「―完成させよう」
意地に掛か・る【意地に掛かる】
無理にでも自分の意地を押し通そうとする。意地になる。 「―・っても事の真相を知りたくなってるんだ」
意地にな・る【意地になる】
どうしても自分の主張や行動を押し通そうとする。我(が)を張る。 「―・って反対する」
意地を張・る【意地を張る】
頑固に自分の考えや行動を押し通そうとする。 「つまらないことに―・るな」
[大辞泉 提供:JapanKnowledge]

悪い意味ばかりで笑ってしまった。

 私はとにかく意地を張る。本当の事を素直に言えないばかりに、嫌味を言う。皮肉を言う。当て付けをする。本当にわかりにくい行動をする。一度わかってしまえば、こんなにわかりやすい性格もない気もするが。
 無理スンナって誰か言ってくれれば、素直になれるのになと思う。こうしていつも他力本願だ。

いや‐み【嫌み/×厭み】
人に不快な思いを与える言動。あてつけや皮肉。また、それによって不快感を与えるさま。「―を言う」「―たっぷりな口ぶり」
ひ‐にく【皮肉】
遠まわしに意地悪く相手を非難すること。また、そのさま。当てこすり。「辛辣(しんらつ)な―を言う」「―な口調」
たりき‐ほんがん〔‐ホングワン〕【他力本願】
自分の努力でするのではなく、他人がしてくれることに期待をかけること。人まかせ。
[大辞泉 提供:JapanKnowledge]



母と猫
2007.10.02 Tue 11:14 | アダルトチルドレン | 心と身体
 母から電話があった。またいつもの長い愚痴話を聞かされるのかと思って、ドキドキしながら受話器を取ったら、今回は少し違っていた。生後2ヶ月の時から飼っていた実家の猫が、腎臓の機能不全で入院してしまったという。うちの猫はもう15歳。人間で言えば90歳だ。もういつ亡くなってもおかしくない年だそうだ。
 娘がみな家を出てしまった今、猫だけが母に四六時中寄り添う、唯一の子供みたいなものだった。「家に居つく」というより「母に居つく」と言った方がいいぐらいの、甘えん坊猫だった。私は猫もさることながら、母のことが心配になってしまった。

 いつもは、疎ましいぐらいに思っている母である。私は境界性人格障害、特にアダルトチルドレンの気があり、母に見捨てられたくない一心でいつでも母の顔色を伺い、母の言う事を聞いてきた。大人になってからはそんな自分が嫌で、早く離れたい、なるべく干渉されたくない、と逆に変に母を避けてみたりもした。
 だが、いざ母の窮地となると、私はいてもたってもいられなくなる。これが共依存の恐ろしさであろうか。

 さらに最近では母と私の立場が逆転してきているような気がする。母が私を頼っているのが、手に取るようにわかる。「ぐりえちゃんはこの頃とっても頼もしくなったわ」と口癖のように言う。何かあると、すぐに私に電話をしてきて、私の意見を伺う。今朝も、起きるのがだるくて何も出来ずに寝ていた私が、電話ではキリっと母を励ましつづけ、助言をしてしまった。

 実はこの立場の逆転こそが、共依存関係をさらに強めてしまうと、どこかで読んだことがある。今度は母が、私に対して「見捨てられ感」の恐怖を感じることになっていくのであろうか。
 そういえば、母とその母、つまり私の祖母との関係も、こんな感じだったように記憶している。晩年の祖母は、母に「ごめんねごめんね」ばかり言っていた。この関係は、誰かがどこかで断ち切らない限り、世代をまたいで永遠に続いていくのだろうか。