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2007.10.15 Mon 18:35 |
うつ病(鬱病)、メンタルヘルス |
心と身体
この前「今日の健康」という番組で『サインを見逃さない うつ病の対策』という特集をやっていたのでチラっと見たら、『筋しかん法』というリラックス法を紹介していたのでメモしておく。ストレスを感じた時などにやるといいかもしれない。これはまず体を緊張させて、その緊張をほぐすことによって、体がリラックスした状態を感じる、というものだそうである。
1回に行う回数は特に決まっていない。1日数回行うといいようだ。
確かにやってみると、指先がじわーっとリラックスしたのを感じる。メガネや時計、ベルトなど体を締め付けるものをはずす。できれば少し暗くし、静かな環境で行う。
- 楽な姿勢ですわり、目を閉じる。
- 手は太ももの上に軽くおく。
- 気持ちを楽にして、ゆっくり呼吸をする。
- 両手のこぶしを握り締めて力を入れる。つらない程度に70~80%程度の力できつく握る。呼吸は続ける。体は緊張してくる。緊張を意識する。
- 緊張を感じたら、その後にダランと力を抜く。指先まで力が抜けていくのを感じる。
- 目を開ける。
1回に行う回数は特に決まっていない。1日数回行うといいようだ。

なんというつぶらな瞳。
「おやつほちー・・・」
そんな声が聞こえてきそうだ。
さっそく彼が大好きな「フェレットバイト
ちょっと意地悪して食べにくくしてるなんてことはない。たぶん。

さっきまでの愛らしさはどこへ?
また騙された。
いつの回だったか忘れたが、「爆笑問題のニッポンの教養」の対談の中で、ふと太田さんが言っていた事を思い出した。
「また会おう」と社交辞令で言いながら、たぶんもう一生会わないだろうなと思う人がいる。その人の存在は、どうせ二度と会わないのだったら、自分の中ではある意味、死んでしまった人と同じなのではないか。逆にもしその人が死んでしまったとしても、自分が生きていると思えば生きているのである。
私もよく思う。目の前に見える景色も人も、全部自分のために用意されている映像で、後ろを向いた瞬間にコツ然と消えているのではないかとか。本当に今まで目の前にいた人が存在していたかなんて、確かめようがない。ましてや二度と会わない人なんて、自分の記憶だけが存在の証だなんて、なんと儚いモロい虚像なのだろう。
目に見えない人達。連絡がつかない人達。みんなが生きているかわからない。さっき「おやすみ」と言ったネト友だって、たった今生きているかどうかわからない。私が二度と連絡を取らなければ、私にとってみんなは死んだも同然だし、みんなにとって私は死んだも同然だ。
うつ病になってから、連絡を断ってしまった友達が大勢いる。外出の誘いはほとんど断ってきたし、あまり気を使われるのも嫌で、徐々に友達が減ってしまった。そんな友達にとって、私は死んだも同然の存在なのかもしれない。
今、私がこの目で見えるのは愛するフェレットだけだ。触るととても暖かい。どうやらこの子だけは確かに生きているらしい。
本当に大切な人からは、決して離れてはいけない。何があっても側にいろ。ちょっとそんな事を思ってみた。
「また会おう」と社交辞令で言いながら、たぶんもう一生会わないだろうなと思う人がいる。その人の存在は、どうせ二度と会わないのだったら、自分の中ではある意味、死んでしまった人と同じなのではないか。逆にもしその人が死んでしまったとしても、自分が生きていると思えば生きているのである。
私もよく思う。目の前に見える景色も人も、全部自分のために用意されている映像で、後ろを向いた瞬間にコツ然と消えているのではないかとか。本当に今まで目の前にいた人が存在していたかなんて、確かめようがない。ましてや二度と会わない人なんて、自分の記憶だけが存在の証だなんて、なんと儚いモロい虚像なのだろう。
目に見えない人達。連絡がつかない人達。みんなが生きているかわからない。さっき「おやすみ」と言ったネト友だって、たった今生きているかどうかわからない。私が二度と連絡を取らなければ、私にとってみんなは死んだも同然だし、みんなにとって私は死んだも同然だ。
うつ病になってから、連絡を断ってしまった友達が大勢いる。外出の誘いはほとんど断ってきたし、あまり気を使われるのも嫌で、徐々に友達が減ってしまった。そんな友達にとって、私は死んだも同然の存在なのかもしれない。
今、私がこの目で見えるのは愛するフェレットだけだ。触るととても暖かい。どうやらこの子だけは確かに生きているらしい。
本当に大切な人からは、決して離れてはいけない。何があっても側にいろ。ちょっとそんな事を思ってみた。
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