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またまた15歳の猫「ゆうた」のお見舞いに実家に行ってきた。「ゆうた」はこの5日間ほど、何も食べられないのだそうだ。2.5kg痩せてしまったらしい。そして看病疲れの母も、同じように食欲がなくなり、2kg痩せたという。ちなみに私は、最近のうつ状態のせいで3kg痩せた。私の勝ちである。
夕食後、両親と私と3人で居間でおしゃべりをしていたら、「ゆうた」がヨロヨロした足取りで自分の部屋からやってきた。それまでほとんど寝たきりだったので、私達はものすごく驚いた。「ゆうたも仲間に入りたかったのねー。」そう言って抱っこしてあげると、「ゆうた」は「グー」と変な声を出して喜んだ。
みんなが楽しそうに笑っていたので「ゆうた」は気分がよくなったようだった。母も少し元気になったみたいだ。そして私も。
声を出すっていいね。笑うっていいね。
夕食後、両親と私と3人で居間でおしゃべりをしていたら、「ゆうた」がヨロヨロした足取りで自分の部屋からやってきた。それまでほとんど寝たきりだったので、私達はものすごく驚いた。「ゆうたも仲間に入りたかったのねー。」そう言って抱っこしてあげると、「ゆうた」は「グー」と変な声を出して喜んだ。
みんなが楽しそうに笑っていたので「ゆうた」は気分がよくなったようだった。母も少し元気になったみたいだ。そして私も。
声を出すっていいね。笑うっていいね。
別れ系の曲をYouTubeで検索していたら、いい歌を発見した。「ヒューマンロスト」という男女ツインボーカルバンドの「バイバイ」という曲だ。2番の歌詞より
何よりこのPVが気に入った。ロケ地が私の生まれ育った横浜だからというだけではなく、いろいろな普通の人達が手を振りながら「バイバイ」と言うだけの映像。これを見ていたら、同じくYouTubeに公開されていた「Free Hugs(フリー・ハグ)」ならぬ「Free Hand Wave(フリー・ハンド・ウェイブ)」を思い出してしまった。
「フリー・ハグ」はwikipediaによれば
こんな事を思い出した。私は会社でしばらくの間フランス人チームと仕事をしていたことがあった。フランス人の習慣では、異性との挨拶は初対面であってもフレンチキス(=頬と頬をあわせるキスを左右交互に4回)、同性との挨拶は握手である。チームに女性が私1人しかいなかったので、毎朝押し寄せるキスの嵐。最初はいやがっていた私も、しまいにはだんだん慣れてきてしまった。
だがある朝、気が付くと日本人の先輩がフランス人の列に並んでいたのだ。私は思わず「ぎゃああセクハラ~!」と声をあげてしまった。日本人同士は本当に勘弁だ。
そこで、ある若者たちが「フリー・ハンド・ウェイブ」という試みを、原宿でやってみたらしい。動画の説明より
これはいい。私も絶対に手を振り返すクチだ。みんな照れながらも、自然と笑顔になっている。
やっぱり人と人とのコミュニケーションは偉大だ。
笑うことに慣れすぎてくると 時々泣きたくなる
朝まで泣き続けてみると 少し楽になるから
靴を履き電車の列にならぶ 眠たい目をこすりながら
生きている証を残すために みんな必死に戦ってんだね
生きるって繰り返す事だよね どこかでまた会えるってことだよね
人生って夢みたいなもんだよね バイバイってだから僕は言わないよ
決して僕は言わないよ
何よりこのPVが気に入った。ロケ地が私の生まれ育った横浜だからというだけではなく、いろいろな普通の人達が手を振りながら「バイバイ」と言うだけの映像。これを見ていたら、同じくYouTubeに公開されていた「Free Hugs(フリー・ハグ)」ならぬ「Free Hand Wave(フリー・ハンド・ウェイブ)」を思い出してしまった。
「フリー・ハグ」はwikipediaによれば
確かに”日本で”いきなり知らない人と抱き合うのは抵抗がある。街頭で見知らぬ人々と、ただハグ(抱擁)することで苦しみや、悲しみを少しでも和らげ、楽しさや幸せを分け与え、その素晴らしさを他の人々にも伝えて行こうという活動である。 その様子はカメラマンがビデオカメラで記録し、YouTubeなどの動画投稿サイトで公開している。
こうした現象は世界各地へと広がりを見せているが、日本や中華人民共和国には友人と抱擁する習慣がないため、このフリー・ハグの活動が浸透していないのが現実である。
こんな事を思い出した。私は会社でしばらくの間フランス人チームと仕事をしていたことがあった。フランス人の習慣では、異性との挨拶は初対面であってもフレンチキス(=頬と頬をあわせるキスを左右交互に4回)、同性との挨拶は握手である。チームに女性が私1人しかいなかったので、毎朝押し寄せるキスの嵐。最初はいやがっていた私も、しまいにはだんだん慣れてきてしまった。
だがある朝、気が付くと日本人の先輩がフランス人の列に並んでいたのだ。私は思わず「ぎゃああセクハラ~!」と声をあげてしまった。日本人同士は本当に勘弁だ。
そこで、ある若者たちが「フリー・ハンド・ウェイブ」という試みを、原宿でやってみたらしい。動画の説明より
フリーハグキャンペーンもいい加減に流行っていますが、もともとハグの習慣が無い日本人にとってはいまいちしっくりこない気がしていたものです。そんな中でフリーハグよりとっつき易く、文化的にも違和感のないやり方として思いつきで試してみたのがこの'FREE HAND WAVE'。別れ際に「バイバ~イ」とか言いながらについついやってるあれです。手を振り、振り返すという原始的なコミュニケーションでもって、通りかかる人みんなにブンブン腕を振ってきました。
結果はたった一日でご覧の通り大収穫!振る側も振られる側も自然と笑顔になって素晴らしい体験ができました。
これはいい。私も絶対に手を振り返すクチだ。みんな照れながらも、自然と笑顔になっている。
やっぱり人と人とのコミュニケーションは偉大だ。
メッセンジャー、IRC、数々のオンラインゲーム・・・ネト友とのコンタクトツールを全てアンインストールした。もうネットの友達には頼れないし頼らない。姿も形も見えない人に、責任も取れない人に、頼って甘えている私が間違っていた。居心地がよくて、ぬるま湯のようで、ずっとつかっていたかった。でもそれは全てが私の妄想にすぎず、手を伸ばして掴もうとしたら突然泡となって消えてしまった。
これからはどんなに辛くても、1人で現実社会で生きていかなければいけない。やっと涙が出た。私の中の悪い成分を浄化してくれるといい。思い切り泣いた。
今はただ、このブログだけが私の救いだ。こうして思いをつづり、全く知らない人にでも読んでもらっているだけで、少しだけ楽になれる。こんなバカがいると思ってもらえるだけでも、今の私にはありがたい。
ブログは時として凶器になる。一方的に人を傷つけたり、陥れたりすることもできる。ペンは剣よりも強し。このブログが誰かを傷つけているのだとしたら、本当に申し訳ない。いつも勝手に一方的に決め付けてしまう私だが、何か意見・反論・指摘があれば文章で教えて欲しい。
これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
これからはどんなに辛くても、1人で現実社会で生きていかなければいけない。やっと涙が出た。私の中の悪い成分を浄化してくれるといい。思い切り泣いた。
今はただ、このブログだけが私の救いだ。こうして思いをつづり、全く知らない人にでも読んでもらっているだけで、少しだけ楽になれる。こんなバカがいると思ってもらえるだけでも、今の私にはありがたい。
ブログは時として凶器になる。一方的に人を傷つけたり、陥れたりすることもできる。ペンは剣よりも強し。このブログが誰かを傷つけているのだとしたら、本当に申し訳ない。いつも勝手に一方的に決め付けてしまう私だが、何か意見・反論・指摘があれば文章で教えて欲しい。
これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
2007.10.18 Thu 01:01 |
うつ病(鬱病)、メンタルヘルス |
心と身体
うつ病の人は、重要な決断を1人でしてはいけないと言われている。悪い方にしか物事を考えられず、正常な判断をできないからだ。今、自分がしようとしている事は、本当に正しいのか。わからなくて混乱する。このままだと、人生において取り返しのつかない事をしてしまうのではないか。自分に自信がなくて不安で仕方がない。
もうただ疲れた。なんで?なんで?と考えるのに疲れた。なんで?なんで?と答えの返ってこない質問を繰り返すのにも疲れた。「感情」というものがなくなってきたようにも思う。どうでもいい。もうみんな私の事を嫌いになって欲しい。むしろ忘れて欲しい。最初からいなかったと思ってくれればいい。ただ逃げ出したい。
ここ数日は、泣きたくても涙が出なくなってきた。これはいい事なのか悪い事なのか。
昔、フレイという生化学者が、『涙は感情的緊張によって生じた化学物質を体外へと除去する役割がある』という仮説を立てて実験をしたところ、この仮説もあながち間違っていなかったらしい。涙が出ないということは、もしかしたら悪い物質が体内に貯まってしまっているかもしれない。泣いてばかりいる毎日も辛かったが、泣きたいのに涙が出ないのも辛いものだ。
昨日、心療内科に行った。そこはカウンセリング治療をしていない医院なので、どこかいいカウンセリングを紹介してもらおうかと思ったら、先生に「今のぐりえさんの状態だったら、まだカウンセリングは受けないほうがいいと思いますよ」と言われてしまった。もう少し休んで、心身を正常な状態に近づけないと、かえって負担になったりして逆効果になることもあるらしい。
とにかく私は、今日から本当にひとりぼっちになってしまうであろう。
今の気分は「不安」「罪悪感」「悲しい」「おびえ」「心配」「パニック」「傷ついた」「失望」「怖い」これらが全部入り混じって・・・そして「無感情」になった。
もうただ疲れた。なんで?なんで?と考えるのに疲れた。なんで?なんで?と答えの返ってこない質問を繰り返すのにも疲れた。「感情」というものがなくなってきたようにも思う。どうでもいい。もうみんな私の事を嫌いになって欲しい。むしろ忘れて欲しい。最初からいなかったと思ってくれればいい。ただ逃げ出したい。
ここ数日は、泣きたくても涙が出なくなってきた。これはいい事なのか悪い事なのか。
昔、フレイという生化学者が、『涙は感情的緊張によって生じた化学物質を体外へと除去する役割がある』という仮説を立てて実験をしたところ、この仮説もあながち間違っていなかったらしい。涙が出ないということは、もしかしたら悪い物質が体内に貯まってしまっているかもしれない。泣いてばかりいる毎日も辛かったが、泣きたいのに涙が出ないのも辛いものだ。
昨日、心療内科に行った。そこはカウンセリング治療をしていない医院なので、どこかいいカウンセリングを紹介してもらおうかと思ったら、先生に「今のぐりえさんの状態だったら、まだカウンセリングは受けないほうがいいと思いますよ」と言われてしまった。もう少し休んで、心身を正常な状態に近づけないと、かえって負担になったりして逆効果になることもあるらしい。
とにかく私は、今日から本当にひとりぼっちになってしまうであろう。
今の気分は「不安」「罪悪感」「悲しい」「おびえ」「心配」「パニック」「傷ついた」「失望」「怖い」これらが全部入り混じって・・・そして「無感情」になった。
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