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花の名
2007.10.23 Tue 19:44 | BUMP OF CHICKEN | 音楽
 明日(10/24)発売のBUMP OF CHICKENの新曲「花の名」を聴いていたら、頭を殴られたようにハッとしたフレーズがあった。

生きる力を借りたから 生きているうちに返さなきゃ

 私はネト友たちに、どれだけ生きる力を借りてきただろうか。まだ返してなかったね。いつか返さないとね。


花の名 Music & Lylic by 藤原基央

簡単なことなのに どうしていえないんだろう
言えない事なのに どうして伝わるんだろう
一緒に見た空を忘れても 一緒にいたことは忘れない

あなたが「花」なら沢山のそれらと 変わりないのかもしれない
そこからひとつを選んだ 僕だけに歌える唄がある
あなただけに聞こえる唄がある

僕がここに在る事は あなたの在った証拠で
僕がココに置く唄は あなたと老いた証拠で
生きる力を借りたから 生きているうちに返さなきゃ

涙や笑顔を忘れたと時だけ 思い出してください
同じ苦しみに迷った あなただけに歌える唄がある
僕だけに聞こえる唄がある

皆会いたい人がいる 皆待っている人がいる
会いたい人がいるのなら それを待っている人がいる
いつでも

あなたが「花」なら沢山のそれらと 変わりないのかもしれない
そこからひとつを選んだ 僕だけにあなただけにいつか
涙や笑顔を忘れたときだけ 思い出してください
迷わずひとつを選んだ あなただけに歌える唄がある
僕だけに聞こえる唄がある
僕だけを待っている人がいる
あなただけに会いたい人がいる

 今でも会いたい。みんなに会いたい。でも戻ったらまた同じことの繰り返しだよ。一人でいる時間が長いと、そんな葛藤にさいなまれる。まだ私を待ってくれている人はいるのだろうか。どうやって、生きる力を返そうか。

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写経を終えて
2007.10.23 Tue 15:09 | エッセイ | 小説・文学
IMG_1176s.jpg 以前から続けていた「般若心経脳ドリル えんぴつ写経 (元気脳練習帳)」を50日かけて終わらせた。本書を通して般若心経の内容を初めて知った。人間も含めすべてのものは「空」、すなわち実体がないということ、固定観念で決め付けてはいけないという事を学んだ。すべてをあるがままに受け入れることができれば、何事にもとらわれないようになり、恐れることも苦しむことも迷うことも悩むことも、全く意味がないとわかるであろう。いや、その理屈はわかる。わかるが、そこまで行くのが難しい。

 そして毎日一行ずつページの隅に書かれている「今日の言葉」に

「写経の目的は、功徳ではありません。効果を期待するのではなく、夢中で取り組むことです。」「何かを得ようということでなく、無心に書く、一心にとなえるという経験が大切なのです。」

と書いてあったが、果たして私はどうだっただろうか。ある日は難しいことを考えながら、またある日は上手に書こうと考えながら、ある日は泣きながら、ある日は音楽を聴きながら、その日その日で字の勢いや大きさが微妙に違っているのがわかる。だめだなぁ。

 昨日、ある情報番組で、最近仏教が流行っているというテーマをやっていた。精進料理カフェや、体験入門、体験写経、体験座禅、そういった手軽な仏教が流行っているのだそうだ。決して私はそれを知っていて流行りに乗った訳ではないのだが、何かとストレスが溜まりやすい現代の日本人は、癒しというか、心のよりどころとしての「宗教」を求めているのかなと思った。
 日本は無宗教の国と言われている。従って、心のよりどころは自分で探さないといけない。私は中学高校とミッションスクールに通っていたので、当時やはり人生について考えすぎたあまり「洗礼」を受けようかと考えたこともあった。最近ではうつ病になって、落ち込むまで落ち込んだあまり、「出家」しようかと思ったこともあった。変な新興宗教に騙されてしまう人が多いのも、わからなくもない。
 正直、イスラム国家の人達がうらやましく思える時もある。なぜ自分達の信仰のためだけに、命まで捧げる事ができるのか。全く理解はできないが、うらやましい。私は今までに、それだけ何かに夢中になったことがあるだろうか。これからもあるのだろうか。

 さて、写経ドリルを終えてしまった私は、今ポッカリと心に穴が開いたようだ。実は次のドリル「般若心経脳ドリル 写経と読誦―元気脳練習帳 (元気脳練習帳)」を既に注文済みなのだが、一緒に注文した「ムゲンプチプチ」が品切れらしく、なかなか商品が届かない。実はこのムゲンプチプチ、その後調べたところ評判があまりよろしくなく、実際の梱包材を買った方が爽快感が得られるし安いんじゃないの?という事実に気づきキャンセルしたので、まもなくドリルは届くであろう。今度は毛筆用なので、筆ペンにしようか実際の墨汁と筆でやろうか、検討中である。

<以下読経ビデオ>
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天才数学者
2007.10.23 Tue 12:53 | NHKスペシャル | テレビ・ラジオ
 昨日、布団の中でもうろうとする意識の中でNHKスペシャル100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~」を見た。番組ホームページより

宇宙に果てはあるのか?宇宙は一体どんな形なのか?
人類が長年、問い続けてきた謎に大きく迫るヒントが去年見つかった。百年もの間、誰も解けなかった数学の難問「ポアンカレ予想」が証明され、宇宙がとりうる複数の形が初めて明らかになったのだ。世紀の難問を解いたのはロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン(41)。その功績により、数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞の受賞が決まったが、彼は受賞を拒否し、数学の表舞台から消え去ってしまった。その真意をめぐって様々な憶測を生んでいる。「ポアンカレ予想」にはこれまで、幾多の天才たちが魅了され、人生のすべてを賭けて挑み、そして敗れ去ってきた。ペレリマンがその栄誉に背を向け、姿を消したのはなぜか。そもそも数学者はなぜ難問に挑み続けるのか。

 「ポアンカレ予想」の内容は難しいので省略するが、とにかくその100年の難問を見事に解き明かした天才・ペレリマン博士は100万ドルの賞金も拒否し、行方をくらまして失踪し、今はロシアのサンクトペテルブルグで引きこもりの生活を送っているという事だけはわかった。
 彼は高校時代まで、よく笑う明るい青年だったという。何が彼を変えてしまったのか。

 「ポアンカレ予想」はこの100年間、数々の数学者の人生を翻弄し、狂わせてきた過去があるという。数学者にとって、難問に挑むということは人生をかける事と同じ事だという。それによって命を失っても構わない、ぐらいの意気込みであるという。そしてそれはまた、孤独との戦いでもある。最後まで格闘した数学者は精神のバランスを崩し、懸命な数学者は途中でこの難問から手を引いている。

 「ポアンカレ予想」に挑んできた数学者たちは、みな最近流行の「位相幾何学(トポロジー)」の専門家たちばかりであった。一方、ペレリマン博士は、流行おくれの「微分幾何学」学者。しかし彼は、もともと物理学の知識も豊富であり、この物理学と微分幾何学とを組み合わせて、位相幾何学の難問「ポアンカレ予想」を見事に解き明かしてしまったのだった。発表した論文もインターネット上に公表したのみ。説明を求められて、一回だけニューヨークで講義を行ったそうだが、その初めて見る公式を直ちに理解できるものは、誰一人いなかったという。なんてカッコイイんだろう!
 だがおそらくペレリマン博士は、「どうだ見たか」なんて陳腐な自慢はしなかったのだろう。チンプンカンプンの学者達を馬鹿にしたりしなかったのだろう。淡々と説明して帰っていったのだろう。彼にとって『ポアンカレ予想を解くこと』は、自分の目標の達成という他に何の意味も持たなかったのだろうから。

 こうしてペレリマン博士は、100年でただ一人孤独との戦いに打ち勝ち、人生を賭けた勝負に勝ち、そして何かを失ってしまった。いや、失ったと言えるのだろうか。彼は今、本当は幸せなのではないのだろうか?自分の大好きな世界に閉じこもって、誰にもジャマされず、孤独の世界に生きている。彼の発想は宇宙を駆け巡り、いまやその外へまで自由に飛び回っているのかもしれない。

 ここで一曲どうぞ。ペレリマン博士に捧げる。

旅人 Music & Lylic by ケツメイシ

旅立って 一人になって 踏み出して 孤独になって
鳥のように 自由になって 丘に立って 風に吹かれて
あきらめずに ずっと歩いて あきらめずに ちゃんと笑って行こう
僕だけのありのままの旅へ