交番勤務のいわゆる「おまわりさん」、そういえばいろんな人がニュースになったなと思い出した。一番忘れられないのは、板橋署常盤台交番の宮本邦彦巡査部長。
日ごろから温厚、真面目、優しいと評判だったおまわりさん。なんで神様はこんな素晴らしい人の命を奪って、不必要な人間を生かしておくのだろうと思ったものだ。こんなおまわりさんが居てくれた街は、とても安心な街だったのだろう。2007年2月6日に、線路内に侵入した自殺願望の女性(39)を助けようとした警視庁板橋署常盤台交番の巡査部長〔二階級特進で警部〕(53)がときわ台駅を通過する急行電車にはねられて重体となり、2月12日午後意識が戻らないまま板橋区内の病院で亡くなられた。
かと思えば、最近ではストーカー殺人を犯したおまわりさんもいた。この人の事件は衝撃だった。
この巡査長は女性が勤めていた立川市内のキャバレーに入り浸って度々女性を指名、ストーカーまがいの行動を取っていたらしい。おまわりさんだからと言って安心できない時代になったのか。2007年8月21日、東京都国分寺市東元町のアパートの一室で、この部屋の住人とみられる女性(32)が、腹部と胸など計3か所を拳銃で撃たれて死亡しているのが見つかり、そばに警視庁立川署地域課の友野秀和巡査長(40)が左胸から血を流して死んでいた。友野巡査長の手には拳銃が握られており、同庁は、友野巡査長がこの女性を殺害したうえで自殺したとみて調べている。
昨日も色々な個人情報を台帳に記入しながら「この人大丈夫かな?」とふと不安になり、「本当におまわりさんですか?」「この情報は何に使うんですか?」と聞きたくなったが、それはいくらなんでも失礼だなと思い我慢した。自分がここまで人を信用できなくなっているとは正直情けなかった。なんとも寂しい世の中になったものだ。
とにかく今は、若いおまわりさんの今後の活躍に期待する。敬礼!
私はいつも誰かの声を待っている。誰かが引っ張ってくれるのを待っている。どうせ誰も来ない事をわかっているくせに、わかっている上で待ち続ける。そして当然誰も来ない。私が何も言わないからだ。それを他人のせいにして私は勝手に泣く。だから私は私が大嫌いなのだ。だったら、誰の声も聞こえないところに行こう。誰も手の届かないところに行こう。待ってても意味のないところに行こう。
こうして現実の世界でひきこもり、ネットの世界でひきこもり、私は自分自身さえ愛することができずに、自己批判を繰り返す。自分を愛せないのだから、他人なんてなおさら愛することできるはずがない。ブログは心の内なる世界だと思っている。この世界の中では、私は自由だ。心が未成熟なまま、私の思いだけがどんどん広がっていく。誰の声も聞こえない。私の悲鳴も誰かに届いてるのかどうかわからない。
本当は辛いんだよ。輝いていた頃の自分を知っているだけに、余計に辛いんだよ。でもそのプライドが邪魔をする。だからやっぱり、放っておいて欲しいんだ。
暗い曲ですがこんな思いを歌った唄「未成年」
未成年 Music & Lylic by 柴田淳
ぼくらはただ 気付いて欲しかっただけで
誰も何も 壊すつもりはなかった
耳を塞いでいる 固く目を閉じている
ぼくらを受け止められず 逃げ出した弱虫よ
導いてよ どこまでも 孤独のない 温もりの場所へ
愛していて いつまでも 涙の流し方を教えて
思い出して あなたも歩いてきた路
触れられぬほど 脆くて美しい瞳
愛しさを知らない 愛し方を知らない
ぼくらに怯えている 出来損ないの背中よ
抱きしめてよ 痛いほど 鼓動を感じるくらいに 強く
耳を澄まし 向き合って ぼくらの魂の悲鳴 聞いて
こっち向いてくれないから 心を歪めるしかなかったんだ
導いてよ 叱ってよ 孤独のない 温もりの場所へ
思い出したい 淋しさを 泣けないぼくらに ねぇ 返して
だが加藤先生は社会学が専門であり、心理学や精神医学の先生ではない。したがって著書はひたすら短文を積み重ねて延々と解説しているものが多く、分析書としては優れているが、癒しや治療のための本ではない。うつ状態がひどい人は、逆に読まないほうがいいかもしれないとの事。
動画の中から、私に当てはまる言葉をいくつか書き出しておく。
生きることに疲れた人は、真面目な人である。努力してきた人である。努力しているときに、まさか自分がこのようになってしまうとは、予想もしなかった。自分の努力は、いつか報われると思っていた。皆から賞賛されると思っていた。まさか自分の人生が、こんな形で行き詰るとは予想していなかった。でも、いま、生きることに疲れて、何もする気にならない。
−『心の休ませ方』より
幼児の頃から献身を求められた人が、どうして大人になってもエネルギッシュでいられようか。そんなことは無理に決まっている。
−『自分のうけいれ方』より
せっかく生まれてきたのに、屈辱感を味わうだけで一生を終える人は多い。周囲にとって都合のよいときのみ、「良い子」として受け入れられた。人生の初期において周囲の自分に対する期待をかなえることばかりにエネルギーをつかい、生きることに消耗してしまった。
−『愛されなかった時どう生きるか』より
よくいじめられた子供に「言い返せばいいじゃないか」と言う人がいるが、それは言い返したときの恐怖を体験していない人が言う戯言である。そもそも権威主義的家庭に育てば「言い返す」などという文化は無い。いつも気持ちは萎縮している。いつも怯えている。
−『言いたいことが言えない人』より
じゃあそのためにどうすればいいの?それは自分で考えろということか。「決断する」とは「捨てる」ということ。「あの人とは、うまくいかなくなってもいい」と覚悟する。その「捨てる」覚悟がなければ決断はできない。
−『だれにでも「いい顔」をしてしまう人』より
というのも、8回まで中日・山井の完全試合(ノーヒットノーラン)だったのに
私は正直、日本シリーズに興味はなかったのだが、たまたまつけていたテレビで歴史的瞬間が見れるなんてとワクワク身を乗り出していた。だがピッチャー交代の瞬間、これですっかりドッチラケになってしまった。テレビの解説陣もシーン。まさにKY(空気読め)。優勝の瞬間も特に感動もなく「ふーん」という感じで観ていた。虎の子の1点を背負って先発・山井が快刀乱麻。一人の走者も出さないパーフェクトピッチに、3万8118観衆が地鳴りのような声援を送った。日本一に、史上初となる日本シリーズでの完全試合達成で花を添えるか−。八回の攻撃が終わると『山井コール』の大合唱が起こり、前人未踏の大偉業へ期待が膨らんだ。
ところが次の瞬間、白球を両手で握り締めた森バッテリーチーフコーチがマウンドへと向かう。落合監督が柳田球審のもとへ歩み寄る。な、なんと山井の降板、岩瀬へのスイッチだ。ナゴヤドームの大型ビジョンに『Fire Man』(火消し)の文字が出ると、この夜ばかりは悲鳴とどよめきが起きた。
(SANSPO.COM)
落合監督は、結果がよければどうでもいいのか?たまたま勝ったからよかったようなものの、これで岩瀬が打たれていたらどうするつもりだったのだろう。選手との信頼関係とか、どうなっているのだ。
ところが、今朝になってスポーツ新聞のサイトを見て回っていたら、山井は8回を投げ終わって調子を確認してきた森コーチに「ここでいっぱい」「代わります」と自ら即答したという記事を読んで泣いた。さらにコメントがまた泣かせる。
これ絶対に気を使っている。なんと「いい子」なんだろう。確かに日本一の懸かった試合の重圧に耐えられなかったのかもしれない。だが本当は、心のどこかでは投げたかったに違いない。監督から「この試合、お前に預けた!行け!」と言われたら、喜んでマウンドに走って行っただろうに。本当はそう言って欲しかったんだろうな。言ってもらえるのを待っていたんだろうな。「最後は岩瀬さんに投げてほしかったし」と山井。
(Sponichi Annex)
そんなシラけた試合だったが、最後にいい涙を見た。それはMVPを取った中村紀洋選手の男泣きだ。
1月にオリックスを自由契約になり、野球ができなくなる危機からたどり着いた中日で、育成選手からはい上がった。「野球ができることの感謝を胸に」。5試合で18打数8安打の4打点。文句なしの「シリーズ男」で殊勲を獲得した男は、ヒーローインタビューで、はばかることなく泣いた。
(nikkansports.com)
「リストラを食らっても、やればできるというのを示したかった」
(SANSPO.COM)
メジャーに挑戦して失敗したり、自由契約になってどこの球団から声がかからなくても、それでも野球がやりたいとなりふり構わずテストを受けまくっている姿に、「そんな醜態晒すなら、もう辞めちゃえばいいのに」と正直思っていた。過去の栄光だけで十分じゃないか。そう思っていた。誰に何を言われても、どう思われても、決して自分を信じる事を諦めなかった中村選手。今は本当に尊敬している。ありがとうと思っている。私の尊敬する歴史上の人物に「中村紀洋」が加わった。あなたの強さを少し分けてください。
新聞系なのでバックナンバーがなくなってしまうかもしれないが、一応URLを貼っておく。
オレ流“非情さい配”で悲願達成!落合竜53年ぶり日本一! (SANSPO.COM)
落合監督采配にファンの意見真っ二つ (nikkansports.com)
世紀の交代劇!オレ竜采配で日本一 (Sponichi Annex)
ノリ感涙のシリーズMVP!育成選手からの再出発で栄冠掴む (SANSPO.COM)
ノリ大泣き育成選手からMVP/日本S (nikkansports.com)
中村紀「もう最高」涙のシリーズMVP (Sponichi Annex)
小マゼラン星雲

宇宙は不思議である。不思議と言う言葉だけでは何一つ言い表せないほど、不思議である。
宇宙の膨張は50億年前から加速していて、いまだに無数の銀河が未知のエネルギーによって加速度的にどんどん離れているらしい。私達が住む太陽系なんて、そのなかの1つのゴミみたいなもの、その中の小さな星地球の、その中の小さな国日本の、その中の小さな町の私なんて、ゴミ以下のちっぽけな存在だ。
人類の歴史だって、宇宙のそれにくらべたらほんの一瞬現れて消えてゆく、宇宙年表にすら残らない程度のもの。ましてや人間1人に与えられた時間なんて、存在すらあやふやなほど儚いものだ。
そんな小さな存在のくせに、私はどこか自分の心と宇宙を重ねたがる。私の心は宇宙と同じように、もしかしたらそれ以上に深く広く膨張しつづけるいると、勝手に思う。宇宙の写真を見て、「ここで生まれ、ここに帰っていくのね」とか、ノスタルジックな感傷に浸ってみたりする。
ねぇ宇宙の最期はどうなるの?このまま膨張を続けて最期はどうなるの?今度生まれ変わった時に宇宙はまだあるのかな。人類はまだいるのかな。
横浜じゃ夜の光害がひどくて、星も満足に見れないけれど、この曲を歌いながら誰かと手をつないで歩きたい。
見上げてごらん夜の星を Lylic by 永六輔 Music by いずみたく
見上げてごらん夜の星を
小さな星の 小さな光が
ささやかな幸せをうたってる
見上げてごらん夜の星を
ボクらのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる
いかにも小説家らしい回答の仕方。恥ずかしながら私は「泣いて馬謖を斬る」の意味がよくわからなかったので調べてみた。wikipediaによれば、『三国志』「蜀志馬謖伝」から引用された故事成語のひとつで石原氏は落合監督の采配について感想を聞かれて「実績で勝負している球団のCEOとしては、落合は見事だと思う。泣いて馬謖(ばしょく)を斬ったんですよ。絶対正しかった」と絶賛。白い歯を浮かべて「あれは本当のリーダーというものですな」と褒めちぎった。
(SANSPO.COM)
そして現在の日本における一般的な使い方は三国時代の武将である馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて独断で布陣し敗戦を招いた責任で処刑された。愛弟子であった馬謖の処刑に際し諸葛亮は涙を流したという。他の武将達の中には「馬謖ほどの有能な将を」と処刑を慰留する者もいたが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と処刑に踏み切った。
なるほど。いやちょっと待て。山井投手がなにをやらかしたというのだ。8回まで完全試合(ノーヒットノーラン)だったのに。どうせなら9回も続投させてほしかった。そこでもしヒットを打たれたら、その時点で交代させてほしかった。それだったら「泣いて馬謖を斬る」でもいいような気がするが。「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使用されることが多い。
まあ、ひとつ言葉を覚えたので、それでヨシとしよう。
あれが本当のリーダー!石原都知事、落合采配を大絶賛 (SANSPO.COM)













