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2007.11.15 Thu 15:24 |
GARNET CROW |
音楽
GARNET CROWの「忘れ咲き」
歌い方というか声があんまり好みではないのだけれど、歌詞がいいので貼ってみる。特に2番。
歌い方というか声があんまり好みではないのだけれど、歌詞がいいので貼ってみる。特に2番。
この曲「名探偵コナン」のエンディングだったのか。アニメのタイアップ曲も馬鹿にならない。忘れ咲き Lylic by AZUKI/Music by 中村由利
2.
夕暮れの空とか 風にゆれる木々に
見惚れるふりをしながら幾度過ごした
なるべく傷つけぬよう傷つかぬように
切なさもほらね押し殺せる
愛だと名付ければそれが愛だといえる
何かを求めるとか 形あるものじゃなく
ただ好きでいるそんな風にいれたらいいなって思う
孤独や弱気だとか押しよせる夜忘れ咲き
人恋しさぬぐえるような強さなど持てるでしょうか…
愛だとか恋だなんて変わりゆくものじゃなく
ただ好きでいる そんな風にずっとね 思っていれたら…
孤独や躊躇い弱気が押しよせる夜に忘れ咲いた
思い出そっと枯れゆくまで今宵まだ身をまかせて
先日も書いた「ためしてガッテン」の「一触即発!夫婦ゲンカ 怒りの心理学」の再放送を、録画して見ることができた。「何をやっても怒らなかったお坊さん」を見てみたかった。
見た見た。本当にニコニコしていた。そんなお坊さんも、時間つぶしのために訪れた喫茶店で、注文したコーヒーが後から来たお客さんに先に出された瞬間に、ちょっとだけ心拍数が上がった時があった。しかしすぐに心拍数は元にもどる。この時お坊さんは「コーヒーを飲みにきた訳ではない。時間を調整するために来たのだ。」と自分に言い聞かせたという。これを心理学用語で「認知的再評価」というそうだ。
人間は嫌な事や危険な事に直面すると、脳の「扁桃体」のスイッチがいち早く入り、脳から怒りのホルモン「ノルアドレナリン」を大量に分泌する。すると心拍数が上がり、こうした体の異変を改めて脳が感知すると、怒りの感情が爆発して止まらなくなるらしい。
先ほどのお坊さんは、一瞬ONになった「扁桃体」のスイッチを、理性を働きかけることで切ったのだ。ここまで自分をコントロールできるようになるには、修行をしないとダメらしい。さすがであった。
では物に八つ当たりする事で怒りは解消されるのか?番組では、嫌な思い出をサンドバッグに貼って殴り続ける実験をしてをしてみたが、余計嫌な気分になってしまう人が多かった。これを心理学用語で「エピソード記憶」と言うらしい。嫌な思い出がよみがえってきてしまうので、「八つ当たり」はあまりオススメできないそうだ。喧嘩中に「そもそもあんたは!」などと言い始めると、いろいろな事を思い出して怒りが倍増するのも、このせいだ。
誰しもが嫌な思いをするとムッとするのは当然である。脳の「扁桃体」のスイッチがONになる。だがその時点で自分で止めることができれば、ケンカにならなくて済むのである。怒り=警告である。人には「これ以上やったら、爆発するぞ」という警告のサインが必ず出ている。相手の警告を感じたら、その時点で相手の怒りを鎮めることができれば、ケンカにならなくて済むのである。
ここで番組から、心理学的見地に基づいたアドバイスがあった。お坊さんのように修行しなくとも、今の自分に出来ること。ムッときたら、カーっとなる前に「わたしは」「あなたは」から自分自身の気持ちを伝える事で、エスカレートするのを防ぐという。また、顔がどんな状態であるかで感情が影響される「表情フィードバック」を使って、常に「笑顔」でいると怒りの気持ちが起こりにくい。わりばしを歯に挟んだ表情を作っているだけでも、だいぶ変わるのだ。ただし、相手が怒り始めてから笑うと逆効果なので注意。
以上が番組メモである。
ああ結局、また自分を表に出さないといけないのか。自分の意見を主張するなど、私にとって一番苦手なことだ。そんな事なら、自分さえ我慢すればと、全て飲み込んでしまった方が楽だ。せめて普段から笑顔でいることぐらいならできるかもしれない。でも夜になると、引きつった笑顔がそのまま泣き顔になってしまう。そんな事ならいくらでも経験してきた。まだまだ修行が足りない。
見た見た。本当にニコニコしていた。そんなお坊さんも、時間つぶしのために訪れた喫茶店で、注文したコーヒーが後から来たお客さんに先に出された瞬間に、ちょっとだけ心拍数が上がった時があった。しかしすぐに心拍数は元にもどる。この時お坊さんは「コーヒーを飲みにきた訳ではない。時間を調整するために来たのだ。」と自分に言い聞かせたという。これを心理学用語で「認知的再評価」というそうだ。
人間は嫌な事や危険な事に直面すると、脳の「扁桃体」のスイッチがいち早く入り、脳から怒りのホルモン「ノルアドレナリン」を大量に分泌する。すると心拍数が上がり、こうした体の異変を改めて脳が感知すると、怒りの感情が爆発して止まらなくなるらしい。
先ほどのお坊さんは、一瞬ONになった「扁桃体」のスイッチを、理性を働きかけることで切ったのだ。ここまで自分をコントロールできるようになるには、修行をしないとダメらしい。さすがであった。
では物に八つ当たりする事で怒りは解消されるのか?番組では、嫌な思い出をサンドバッグに貼って殴り続ける実験をしてをしてみたが、余計嫌な気分になってしまう人が多かった。これを心理学用語で「エピソード記憶」と言うらしい。嫌な思い出がよみがえってきてしまうので、「八つ当たり」はあまりオススメできないそうだ。喧嘩中に「そもそもあんたは!」などと言い始めると、いろいろな事を思い出して怒りが倍増するのも、このせいだ。
誰しもが嫌な思いをするとムッとするのは当然である。脳の「扁桃体」のスイッチがONになる。だがその時点で自分で止めることができれば、ケンカにならなくて済むのである。怒り=警告である。人には「これ以上やったら、爆発するぞ」という警告のサインが必ず出ている。相手の警告を感じたら、その時点で相手の怒りを鎮めることができれば、ケンカにならなくて済むのである。
ここで番組から、心理学的見地に基づいたアドバイスがあった。お坊さんのように修行しなくとも、今の自分に出来ること。ムッときたら、カーっとなる前に「わたしは」「あなたは」から自分自身の気持ちを伝える事で、エスカレートするのを防ぐという。また、顔がどんな状態であるかで感情が影響される「表情フィードバック」を使って、常に「笑顔」でいると怒りの気持ちが起こりにくい。わりばしを歯に挟んだ表情を作っているだけでも、だいぶ変わるのだ。ただし、相手が怒り始めてから笑うと逆効果なので注意。
以上が番組メモである。
ああ結局、また自分を表に出さないといけないのか。自分の意見を主張するなど、私にとって一番苦手なことだ。そんな事なら、自分さえ我慢すればと、全て飲み込んでしまった方が楽だ。せめて普段から笑顔でいることぐらいならできるかもしれない。でも夜になると、引きつった笑顔がそのまま泣き顔になってしまう。そんな事ならいくらでも経験してきた。まだまだ修行が足りない。
最近、首都圏では電車への飛び込み自殺が多いように思う。私が気にして見ているだけだろうか。毎日数回は「人身事故」で電車が止まっているニュースが流れる。あと今月に入ってから、なぜか熟年夫婦同士の殺人事件が多い。そしてネットを介した依頼殺人がまた発覚したとか。
まあ年の瀬だし、みなさんいろいろと切迫した事情があるのだろう。しかしこの手の事件は、テレビで1件報道すると、連鎖して増えるような気がする。「私も」と思うのかどうか知らないが、前例がふと頭をよぎることは確かであろう。こういうニュースはあまり報道しないほうがいいのではないかと思う。もっといい事をした人の話だけを集めたニュースとかあってもいいのではないか。
ちなみに厚生労働省の統計によれば、平成18年度の自殺者数は29,921人、死因順位でも「ガン」「心疾患」「脳血管疾患」「肺炎」「不慮の事故」についで6位にあがっている。年齢別で見ると(平成15年度のデータしかなかったが)、男性では20~44歳、女性では15~34歳で死因の1位が自殺となっている。
自殺はいけない。自ら命を絶つことは、人間として最も重い罪である。どんなに辛くても、生き続けなければいけない。生きていればいい事があるとは言わないし、思わない。でもあなたの命は、誰かから一時的に預かっているだけのもの。使命を全うするまで、つまり命を使い切るまで、自分で勝手に終わりにしてはならないのだ。
はぁ・・・・。書いていて空しくなってきた。宗教的価値観を持ち出さないと、説明もできないような問題。本当は、あまりにも気力がなさすぎて、私には自殺をするだけの元気がないだけの事なのだ。
働かなくてすみません。奉仕もせずにすみません。今の私は全く社会システムに組み込まれていない。毒にも薬にもならない。私が突然いなくなったところで、気づいてくれるのは何人いるだろう。同居のツレと母親がいつか気づくかな。毎日ここを覗いてくれているネト友の2~3人ぐらいは、ブログの更新がないと心配に思ってくれるかもしれない。でも困ることはないだろうし。
「いてもいなくてもいい」という事実を、「いてもいい」と捉えるか「いなくてもいい」と捉えるか、微妙なところである。毎日葛藤している。
まあ年の瀬だし、みなさんいろいろと切迫した事情があるのだろう。しかしこの手の事件は、テレビで1件報道すると、連鎖して増えるような気がする。「私も」と思うのかどうか知らないが、前例がふと頭をよぎることは確かであろう。こういうニュースはあまり報道しないほうがいいのではないかと思う。もっといい事をした人の話だけを集めたニュースとかあってもいいのではないか。
ちなみに厚生労働省の統計によれば、平成18年度の自殺者数は29,921人、死因順位でも「ガン」「心疾患」「脳血管疾患」「肺炎」「不慮の事故」についで6位にあがっている。年齢別で見ると(平成15年度のデータしかなかったが)、男性では20~44歳、女性では15~34歳で死因の1位が自殺となっている。
自殺はいけない。自ら命を絶つことは、人間として最も重い罪である。どんなに辛くても、生き続けなければいけない。生きていればいい事があるとは言わないし、思わない。でもあなたの命は、誰かから一時的に預かっているだけのもの。使命を全うするまで、つまり命を使い切るまで、自分で勝手に終わりにしてはならないのだ。
はぁ・・・・。書いていて空しくなってきた。宗教的価値観を持ち出さないと、説明もできないような問題。本当は、あまりにも気力がなさすぎて、私には自殺をするだけの元気がないだけの事なのだ。
働かなくてすみません。奉仕もせずにすみません。今の私は全く社会システムに組み込まれていない。毒にも薬にもならない。私が突然いなくなったところで、気づいてくれるのは何人いるだろう。同居のツレと母親がいつか気づくかな。毎日ここを覗いてくれているネト友の2~3人ぐらいは、ブログの更新がないと心配に思ってくれるかもしれない。でも困ることはないだろうし。
「いてもいなくてもいい」という事実を、「いてもいい」と捉えるか「いなくてもいい」と捉えるか、微妙なところである。毎日葛藤している。
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