「2ちゃんねる」と「ニコニコ動画」のひろゆき氏が語る,ゲーム・コミュニティ・文化
今回は「ニコニコ動画」をサービスするニワンゴの,設立者の一人でもあるひろゆき氏に,好きなPCゲームの話,「2ちゃんねる」での経験を踏まえた独自のコミュニティ論,「ニコニコ動画」で目指すところなどを語ってもらった。
内容はインタビュー形式で長いものだったが、その中に一部、”居場所”に関する話題があった。そもそも常にあたらしい情報を求めているひろゆき氏は、『基本的に第三者とか、まったく前提知識のない人が見て面白いものであったほうが面白いと思うタイプ』なので、2ちゃんねるに、特定の人たちを居着かせるような”居場所”を提供するつもりはなさそうだ。
だがユーザーたちは、自分の求める”居場所”を探してさまよっている。色々な情報をみんなが持ち寄って流行らせる掲示板、そんな最新情報を交換する場所ですら時代とともに移り変わっているという。
ひろゆき氏は言う。
こうして「ロビー」→「ラウンジ」→「ニュース速報」→「ニュース速報VIP」と、どんどん新しい掲示板が作られているのだそうだ。最初に「2ちゃんねる」が流行った頃は「ロビー」って掲示板が流行ってて、そこはいろんな情報をみんなが持ち寄って流行らせていたわけです。
ところがそのうち、ハンドル(固定ハンドルネーム)を持っている人が会話をし始めて雑談が増え、そこにいたい人はそのままいた。でも、その場にいたい人の話って、面白くないんですよ。今日何食ったとかそんな話だから。そうすると他人から見て面白くない情報が多いので、新しい人が入ってこなくなって、新しい情報が少なくなって、廃れていくんですよ。
では、「2ちゃんねる」が快適な”居場所”であるべきだという考え方はないのか?と記者がたずねると
確かに。ある程度時間がたって、いろんな意味で枯れてくると、なんか面白いことないかなあと思う、人はそんな変わりやすい生き物なのだ。その感じ方にも個人差や時間差がある。どんなに気心が知れた仲間が集まっていても、みんなが一緒にいつまでも楽しいままではいられないのだ。こういうコミュニティって、だいたい2,3年でつぶれるんですよね。つぶれる理由ってやっぱり、常連が幅を利かせるからで。たいていのものは、成熟して廃れていきますからね。
双方にとって快適な居場所を共存させるなら、それぞれ別の場所に作ったほうが早いかなあと。新しい人にとって快適な場所を別に作っても、古い人達にとって古い場所は快適なままなので、新しい人にとってみれば、古い場所を変えるよりも、新しい場所を作ったほうが早い。
私は、人一倍安定志向が強い。いつまでも永遠に変わらずにいたいと願うタイプだ。だからいつも置いていかれる。もしくは、居場所の雰囲気が変わるとどうしていいかわからなくなって出て行ってしまう。でもこんな人は、特にネット社会のように変化の早い場所では、珍しいほうだろう。
かといって、別に私が、新しい”情報”に興味がなく、ネットで知り合った”人間”に興味があるのかと言われれば、そうではない。出会いを求めているわけでもない。どちらかと言えば、『「いま発言しているこの人が、本業としては何をしているか」なんていう、「この人に関する情報」には興味がない。』というひろゆき氏の意見と同じである。
なんだろう。何も話さないでも自分の存在をわかってくれる人がいる場所、そんな安心できる場所が欲しいだけなのかもしれない。そしてそれは、人との付き合いが長くないと得られない空間だと思ってしまっているので、だからいつまでも同じ場所に固執しているだけなのかもしれない。そして、普通ならそんな場所は現実社会で作ればいいわけで、これはやはり現実社会でうまく生きていけない私だけの特徴なのかもしれない。
<おまけ>
ひろゆき氏がオンラインゲームについて語っていた。彼はオンラインゲームを面白くないと思っているという。あまりにも的を得ていて笑った。
私も、メディアが作ったテレビ放送を見て、ごっそり耳コピーしている記事が多いので、あまり人のことは言えない。が、一応ソースは表示しているつもりである。それと、私のブログは、一見テレビ内容に忠実なようでいて、その合間に私の感想も入っている場合が多いので、万が一その文章がそのまま広まってしまうのは少し怖いなと思わないでもない。引用していただくのはご自由なのだが、一応引用元を明確にしていただければ幸いに思う。(引用して下さった場合は、トラックバックを投げてくださるとこちらからも見やすいので助かります。よろしくお願いします。ただし本文とは無関係のアフェリエイトサイトの場合は却下することもあります。)
ここで、気づいた。私はもしかして耳がいい?もしかしてキー入力が速い?テレビを見ながらほぼ同じ速度でキー入力ができるのって、もしかしたらすごい特技なのかもしれない。調べてみたら「テープリライター」という職業があるらしい。
経験を積んで独立した場合には、60分テープ1本の収入が1万~2万になることもあるとかないとか。それを考えると、実は、今までこのブログにメモしていた色々なドキュメンタリーの要約記事は、映像はないものの結構な財産なのかもしれない。雑誌や新聞、テレビなどの記者やライターがテープに録音したインタビューや、さまざまな会議を録音したテープを聞いて紙面に書き起こす。もしくは要約文をつくる。正しく美しい日本語を、適材適所で使いこなす力が必要だ。
他にもこの「13歳のハローワーク」というサイトに、『文章が好き』というジャンルで、「作家」「ライター」「評論家」とか、ものを書くことを生業とする人たちの興味深い職種が並んでいた。ものを書くことが楽しくてしかたのない私には、実はそういう仕事がむいているのかもしれないと思ったりもするのだが、学校に通わないといけないとか、いきなりフリーは無理だから組織に属さないととか、コネがないと無理だろうなあとか、色々考えるとまた面倒くさい病が出てきてしまった。
とりあえずは、気が向いたときに、ブログにエッセイや感想文を書けるだけでいいとしよう。
番組は、福岡刑務所の一角にある「病棟」に密着していた。寝たきりの人、自分で食事さえできない人、介護に追われる刑務官・・・塀の中は行き場のない高齢者達であふれていた。福岡刑務所には介護が必要な受刑者が約40人もいて、職員だけでは手が回らない。そこで、受刑者の介護をするのもまた受刑者たち。病棟で身の回りの世話をするこうした「看護係」も刑務作業の一つだという。
高齢者の犯罪のほとんどは、万引き、置き引き、無銭飲食といった軽犯罪だそうだ。全国で検挙された高齢者は15年前のおよそ6倍にも膨れ上がっている。塀の中の高齢化は社会全体をはるかに上回る勢いだ。
看守長の川内さんは言う。
60歳以上の平均入所回数は9.3回というのが現状です。希望を持って出て行く人はいるんですが、やはり受刑者に対する世間の風当たりというのは、元受刑者ということでラベリングされるんですかね。そういったところでかなり厳しさを感じて挫折する。若い人であればそういった挫折を乗り越える力はあるんですが、「厭世観」が強いということで常に逆戻りしてしまうんです。
服役中に、親族から縁を切られる受刑者も少なくない。そんな高齢受刑者を塀の外で待ち受けているのは、社会からの孤立と生活苦だ。
昨年、全国8つの刑務所ではじまった新たな試みとして、非常勤職員として社会福祉士を採用した。社会福祉士は、出所しても身寄りがなく収入もない受刑者のために、病院や障害者施設を探す。
社会福祉士の森下さんは言う。
医療が必要な受刑者が出所したときに、そういったその人たちを救うための法律が今のところないのかなって思います。その法と法の間にスポンて闇の中に落とされてしまう。施設入所するにしても、その費用をどこが見ていくのかというところでまず問題が出てきますし、引受人がいないという状況で入院させたはいいけど、その方が万が一なくなった場合どこが最終責任をもつのかっていう問題とか・・・・いろんな問題が出てきてますよね。
刑務所を出所しても行き先のない人が社会復帰に備える場所として、「更生保護施設」がある。民間団体が寄付金で運営するもので、彼らはここから仕事にでかけ自立のための資金を蓄えるたくわえるのだ。
ある69歳の元受刑者は、年齢のせいで仕事がなかなか見つからず、施設の裏庭の草むしりをして施設から小遣い程度のお金をもらっていた。だが施設にいられるのは最長で半年。新しい人生の準備をする「更生保護施設」も、高齢者にとっては雨風をしのぎ空腹をしのいで終わる半年間で終わってしまった。
9,000円をもって、行く当てもなく施設を出たこの男性は、2ヵ月後スーパーで万引きをしてまた逮捕された。
このドキュメントを見ていたら、なんだか刑務所のほうが、社会より手厚い保護があるようにすら感じてしまった。よく年末になると高齢者の軽犯罪が増えるのは、年越しをひもじく迎えたくないためにわざと刑務所に入るようなことをするのだ、とウワサに聞くが、こうした現実を見ると気持ちがわからなくもない。
だが、受刑者たちはみな、本当は社会で自由に生きたいのだ。ある受刑者は言う。
昨年、刑務所で息を引き取った60歳以上の受刑者は、全国で169人に上る。ナレーションが胸にひびいた。やっぱりシャバがいいです。シャバの空気と自由。自分は鳥が好きなんですよ。パンをやったら飛んで芸をする食べる。それを見たらシャバがいいなと思う。
自分が言いたいことがシャバで、自分も悪い面もあるけど、わかってもらえないのが一番つらい。わかってほしいという思いもあるんです。
確かに罪を犯すことは悪い。だが、ただ一度の失敗や挫折から転落してしまった人生には、復活するチャンスはないのだろうか。刑務所がよりどころになってしまった人たち。
身を寄せる陽だまりはここにしかないのでしょうか。
一年前から、法務省と厚生労働省が連携して、出所した人たちの就労支援に乗り出すようになり、保護監察官とハローワーク職員が受刑者の職探しをサポートしてくれるようになったという。だが高齢者の再就職は実際なかなか厳しい。あとは私たち社会で何事もなく普通に暮らす若者たちの、高齢者に対する意識改革も必要なのではないだろうか。自分達のすぐ先の姿なのかもしれないのだから。