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今朝のニュースで
2008.04.25 Fri 13:38 | 気になるニュース | ニュース
 朝、ニュースを見ていたら、3年前の今日は、あの”尼崎JR脱線事故”が起きた日だという事を知った。
 その特集の中で、事故から22時間後、一番最後に救出された林浩輝さんのその後を、初めて知ることができた。林さんが、自分の両脚を失ったことを知ったのは、事故から2週間後だったと言う。

「助かったのに、それ以上の苦しみを一生背負わなければならない。脚を失うぐらいなら、死んだ方がましだ」

事故後はそう思っていた林さんが

「『大けがをしてかわいそう』『JR西日本に一生面倒を見てもらったら』。事故後、よくそう言われた。働かずに楽な道を選ぶ。そんな僕を、両親や友人、助けてくれた医師や救助隊員はよく思ってくれるだろうか」

と思うようになるまでに、三年かかった。というか、わずか三年でそこまで思えるようになったことが驚異的だ。なんと強い人間なんだろう。私には到底まねのできない強さだ。
 林さんはこの4月から、希望していた大手広告制作会社へ就職を果たした。彼ならば、きっと何かを成し遂げてくれるに違いない。そう思った。

 林さんの3年間については、神戸新聞のサイトに特集記事があるのでこちらを参照されたい。

あきらめない 尼崎JR脱線事故 林浩輝さんの3年




 しかし、次のニュースの方が私の興味を引いた。”硫化水素による自殺”が増えているというニュースだった。なんでも、ネット掲示板に自殺方法として書き込まれた昨年あたりから、増え出したのだという。昨年1年間に少なくとも6人、今年に入ってからはこれまでに9人が、この方法で命を落としているそうだ。

 私は、そんなに楽に死ねるのかなぁと思いながら、なんとなく検索してみた。するとテレビから小倉智昭さんと友近さんの声が聞こえてきた。

そんな事調べてる力があるなら、もっと他の事に使えばいいのに。

みんなでうなずきながら、呆れたように笑っていた。

 幸い私には、材料となる某トイレ用洗剤と某入浴剤を買いに行こうと思うまでの気力がなかったので、即実行に至らなかったが、この発言を聞いたもう少し元気なうつ病の人がいたら、何人かやってしまいそうだなと、それが気がかりだった。

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オチていく過程
 昨日泣きすぎたおかげで、目がだいぶ腫れている。結局、それから睡眠薬を飲んで寝て、朝早くに目が覚めてネト友とチャットをし、さらにまた午前中も寝て、やっと少し気分が落ち着いてきた。

 昨日、私は突然オチた。(”キレる”の逆とでも思ってください。)
 それから涙が止まらなくなり、一度そういう状態に陥るともう何をやっても泣くばかり。頭の中にうかぶ事も、すべてが負のスパイラル。

 今、ようやく落ち着いて、まだそのときの状況の記憶があるうちに、私がどうやってオチていったかメモしておこうと思う。”うつ”をあまりご存じない方や、オンラインゲームをやった事のない人には、理解しかねる事かもしれない。読み飛ばしていただいてかまわない。



 昨日は、最近いつもやっているオンラインゲームが、メンテナンスの日だった。その間に、私は力を振り絞って病院へ行き、買い物をし、なんとか家に帰ってきた。それで、体力的に疲れていたのかもしれない。
 あと1時間ほどでメンテナンスが終わるという頃、母から電話がかかってきた。母の他愛もない愚痴や世間話は、延々2時間続いた。その間、ネト友たちからは『メンテ終わったよー』、『電話まだ終わらないの?』という呼びかけが続く。それで、精神的に疲れてしまったのかもしれない。

 ようやく電話が終わって慌ててゲームにINしたとき、いきなり、経験を共有するチームのようなものに誘われた。みんな待っていてくれたのかな、そう思ってイソイソと参加してみたのだが、そうではなかった。人数は足りているし、もうみんなで何かして遊んでいるようだった。むしろ、私が参加したことで、一人多い状態になってしまって、私は邪魔者だった。なぜ私が呼ばれたのかわからなかった。

 私は、みんなの楽しそうなチャットログを呆然と見ながら、そのチームを抜けようと思った。けれども、その中には、私がいなければこのゲームをやらないと以前言っていた人が2人いた。今ここで、私が抜けてしまったら、彼らはどう思うだろう。私は、彼らのために、そこにい続けなければいけないと思った。
 それにしても、みんなが楽しそうで本当によかった。みんなは私の存在を、つかの間忘れて楽しんでいる。その生き地獄のような状況でも、私はそこから逃れることはできない。私はそれをしっかり見て、しっかり聞き続けなければならないと思った。それが、私に与えられた罰なのだ、試練なのだと思った。

 このときもう、私の心はオチていたのだと思う。知らないうちに、涙が出ていた。
 しばらくたってから、何事もよく気がつく子が『私と交代しよう!』と言ってくれたが、もう私はゲーム内のキャラクターを動かすことができなかった。『いや俺が』、『俺も休憩』、突然みんなが気を使い始めた。言われれば言われるほど、涙が止まらなくなった。私はとにかく、居留守を使った。

 今、私は泣いている。誰が悪い?誰も悪くない。全ては私のわがままで、思い込みだ。そして、私がいる事でみんなが困っている。誰が悪い?誰も悪くなくて、私の存在がみんなを困らせているんだから、私が悪い。私の存在自体が悪い。でも、だからと言って私がいなくなったら、もっとみんなを困らせる。
 胃がキリキリと痛んだ。呼吸が苦しくなった。



 たかがゲームと思うかもしれないが、現実生活でもまったく同じことが日々繰り返される。これが、うつ病の人の多くが、起きている間じゅう常に考えている思考そのものなのだと思う。

 夜、寝ようとしていた彼が、顔中涙でぐちゃぐちゃにしている私に気づいて、「どうしたの?なんかあった?」と聞いてきた。別に何もないから、私は首をふった。「どうしたらいいかわからない。」と彼は困惑して寝てしまった。たぶん、話したところで、健康な彼にはとうてい理解できないだろう。
 私も、どうしたらいいかわからないのだから。

 今朝、同じうつ病を病むネト友が、『俺もそういう事よくあるよ。』とか、『お互い難しい病気なんだからゆっくり治していこう。』とか、『俺でよければそばにいますよ。(←変な意味じゃなく)』とか、泣きじゃくる私を一生懸命に力づけてくれた。”支えてあげよう”とか偉そうな事を言って仲良くなったネト友に、逆に励まされてしまった。誰かに支えてもらいたかったのは、本当は私の方だったのかもしれない。
 うつ病のもの同士には、健常者には分かり合えない何かがある。出てくる言葉に重みがある。そしてようやく、私の涙は止まった。

「どう?満足?また他人を1人依存させて、これで満足?」

そんな声がどこかから聞こえてきた。