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わたしへのラブレター
 昨日放送していた「課外授業~ようこそ先輩~」は、『バッテリー』で知られる作家のあさのあつこさんによる『わたしへのラブレター』という授業であった。

 あさのさんは、自分が中学生ぐらいのとき、コンプレックスの塊で自分のことがあまり好きではなかったそうだ。その時の惨めさや辛さを、未だにズルズルと引きずっているところがあり、だからずっと10代を小説に書いているのだと言う。そこで、今回の中学2年の生徒たちには、”自分が好きだよ”という思いをこめて自分へのラブレターを書いてもらおうというのだ。

 しかし初日、生徒たちの文章は硬い。他人の目をすごく意識して、自分の思いを出し切っていないようだ。『自分を表現しようとする時に、ちっちゃく閉じてゆくって、それはすごくわかります』、とあさのさんは言う。それが13歳のプライドなのだ。

 そこであさのさんは2日目の授業で、ラブレターの”書き出し”を変えてもらうことにした。

前略
○○○○さま
わたしはあなたがきらいです。
 :
でも(だけど)・・・すきです。
なぜなら・・・
 :

そしてなるべく一人になって自分の声をちゃんと聞いてみるように、生徒たちに指示した。

 あさのさんは話す。

 ”書く”っていう作業って、やっぱり自分の輪郭をはっきりさせる作業なんですね。どんな風に自分の事が好きなんだろうとか嫌いなんだろうとか、ってことで自分が何者なのか探る作業だし、さらに言えば、自分と社会とか世界とかとどうつながっていくかを確かめていく作業のような気がします。

 ”書く”という作業をしなければ、自分を嫌いとか好きとかっていうところを、ちょっとでも考えなかったと思うんですね。それによって生々しくなったというか。自分でもよくわからなかったものが、書くことでケバ立たせて糸口がみつかってくるみたいな。

確かにその通りだと思う。私も”書く”ことは大好きだし、それが自分の内面を明らかにしていく作業だと思っている。ここ最近では、このブログを”書く”ことで見えてきた自分というものもある。
 ただ、どうしても他人に見せる文章だと、中学2年の生徒たちのように、他人の目を意識してしまうところがある。良く見せてほめて貰おうとしたり、逆に悪く見せて自虐してみたり、弱く見せて同情をかおうとしたり、強く見せて頼ってもらおうとしたりする。

 あさのさんが、授業の最後に生徒たちに送ったメッセージを聞いて、はっとした。

 ”13歳”は二度と戻ってきません。いくら君たちが立派になってお金持ちになったとしても、二度と”13歳”には帰ってこれないんですね。それを忘れて欲しくないな。今、13歳のこの日を、どうか楽しんでもらいたい。

これは13歳に限らない。30を過ぎたって40を過ぎたって、今という日は二度と戻ってこないんだな。

 私は今の自分が大嫌いだ。存在自体も私の生きた証拠も、すべて消えてしまえばいいと思っている。けれどそれではあまりにも、自分がかわいそうな気がした。初めてそう思った。
 私も自分へのラブレターを書いてみようか。

前略
どんぐりえさま
私はあなたが嫌いです。


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洗濯物
 洗濯物がたまっていた。
 今日から天気は下り坂だというのに、うっかりここまで洗濯物をためこんでいた私が悪い。それにしても、すごい量だった。重い体をひきずって、ベランダに洗濯物を干していたら、途中で気が遠くなりそうだった。干しても干しても洗濯物は減らない。むしろ増えているのではないかと思うほどだった。

 私は洗濯をするために生まれてきたのだろうかと考えたり、みんな毎日やっている事なのだからと言い聞かせたり、頭の中は変な思考の葛藤でいっぱいだった。いっそのことベランダから飛び降りてしまいたいぐらいだった。でも必死にこらえて一生懸命1枚1枚干した。泣きながら干した。たかが洗濯。されど洗濯。

 こんな感じで、私は”主婦”としての日常生活もままならない。