2008.07.01 疲れる私
 とても疲れている。なぜかとても疲れている。

 昨日の夕方、母から電話があった。実家の植木の件(6月27日の記事参照)で凹んでいた母だったが、ここ数日はお隣さんやご近所のお馴染みさんと立ち話をしているうちに、かなりの人に愚痴をこぼしては慰めてもらっていたらしい。そして昨日おまわりさんが来て、『大丈夫ですよ。』と味方になってくれたそうで、急に元気になって電話をしてきたのだった。

 『いろんな人に気づいてもらって励ましてもらってよかったね。』と言ったら、『自分から言ったのよ!だってそうするしか他にないじゃない!』 その言葉に、私は自分が責められているような気がした。電話で母に窮状を訴えられても、何もしなかった私が責められているように思った。病気になったからと言って母や他の人に助けを求めずに、家にひきこもっている私が責められているように思った。

 それから躁状態になった母は、1時間半以上しゃべりつづけた。その時、オンラインゲーム内に友人を待たせていた私は、本当は用件がすんだら電話を切って欲しかったのだが、どうしてもその一言がいえなかった。”オンラインゲーム”とか”ネットの友人”の方を優先するなんて、口が裂けても言えないと思った。
 これまでに何度も聞いたことのある、20年前や30年前の”母が嫌だった事”を繰り返し聞かされながら、私は『うん・・・うん・・・』とだけ返していた。何か口をはさんだら余計に話が長くなるので、意識して『うん』しか言わないようにしていたが、それでも母の話は止まらなかった。

 そういえば昔、同じような状況で私は受話器を持つのも疲れてしまったことがあった。私はパタリと床に倒れたまま受話器を放置してしまったのだが、1分ほどしてからまた受話器を耳に当てると、まだ母がしゃべり続けていて、笑ってしまったというか悲しくなり、そして怖くなった事を思い出した。そのときは、母が突然『生返事しかしない!』と怒り出し、遠方に住む姉にまで言いつけ、数ヶ月間その事についてネチネチと嫌味を言われた。
 そんな事もあって、私は母の機嫌を取るために、あいづちを打たないわけにもいかないのだった。

 母は、昨日も突然気がついた。『ちょっと!寝ちゃったの?』と詰問口調になった。けれどもそのときの私は、座っていることもできないほど疲れていて、床に転がっているような状態で、カラ元気を出すこともできなくなっていた。『ううん、起きてるよ・・・』と返すのが精一杯。
 私が起きていることを確認した母はまたしばらく話を続け、夜ご飯の時間になりそうな頃ようやく電話を切ることができた。

 待たせていたネットの友人にも悪いと思った。母親の電話も切れない私なんて変に思われるのではないかと思い、何もなかったように明るくふるまった。これまでも友人、特に男性の友人に母の事を言うと、『寂しいんだよ』とか『心配してくれてるんだよ』などともっともな事を言ってくれる人が多かった。私が悪いのだ。母の気持ちをくんであげられない私が悪いのだと思うってしまう。だから私は、あまり他人に母の悪口は言えない。
 
 数日前の「ETVワイド ともに生きる」という番組で、”子ども虐待”について見た。虐待は暴力的なものというイメージがあって私には無縁なものと思っていたが、実はそれは精神的な問題だった。番組で紹介しているメールや出演者の話を聞くと、子供の頃に虐待を受けて心の傷を抱えたまま人格障害になってしまっている女性が多かった。『それでもお母さんが大好き』と言う女性を見て、絶望的な共感をおぼえた。形は違えどすごく理解できる気がしたのだ。
 その中で”虐待”にお詳しい西澤哲さんがおっしゃっていた。英語で虐待のことを”child abuse”と言うらしい。”abuse”とは、”drug abuse(薬物乱用)”、”alcohol abuse(アルコール乱用)”と同じで”乱用”と訳すのが正しいそうだ。つまり虐待は”子供乱用”。親が子供を自分の思い通りに乱用することなのだという。その言い方のほうが、事の本質がわかりやすいと思った。

 私は今日も朝から、とても疲れている。

2008.07.02 蜘蛛の糸
 深夜に放送していた「テレメンタリー」という番組を録画して見た。『蜘蛛の糸〜どん底を見た倒産社長の自殺防止策』という、秋田朝日放送のドキュメンタリーだった。

 いまや年間3万人が自殺する”自殺大国ニッポン”において、秋田県は13年連続で自殺率日本一だそうだ。人口10万人あたりの自殺率を見ると秋田県は37.5人。全国平均の24.4人に対して抜きん出て高いという。
 東京商工リサーチ顧問の荒谷氏によれば、秋田県は年間1万人ぐらいの人口が減少するなど、人口減少率が全国1位で、経営環境が厳しいがために企業倒産が多く、それによって企業の経営者が自殺してしまうケースが多いそうだ。

 けれども、全国的には自殺者数が増えているのに比べて、秋田県ではこの5年間での自殺者が30%も減っているそうだ。その陰には、日本で唯一の自営業者の自殺防止のNPO法人「蜘蛛の糸」の活動があると言われている。「蜘蛛の糸」の理事長である佐藤久男さんは(64)は、企業の経営者が倒産から自殺へと至る心理が痛いほどよくわかるという。それは、佐藤さん自身が過去に同じ経験をしているからだった。

 実は佐藤さんも、4つの会社を経営していた経営者だった。しかし、バブルがはじけて数年経ってから歯車が狂いだし、2000年10月に会社が倒産。社長時代とはまるで異なる境遇となり、スーパーの地下に行って試食品を食べ歩くような生活になってしまったそうだ。当時を振り返って、佐藤さんは話す。

 貧乏だとは思わない。生きなければならないと思った。ただそのとき、昔から知っている社長に見られた。やっぱり恥ずかしかったですねぇ。

 それから、ストレスで躁うつ病になってしまった佐藤さんに追い討ちをかけたのが、親しい知人の自殺だったという。それまでにも、ライオンズクラブ(地域社会のボランティア団体)の仲間である社長たちが3人自殺していた。佐藤さん自身にも、死んでいく人間の気持ちが頭の中をよぎっていた。自分が首を吊って死んでいる幻覚も見た。そんなときに友人が自殺したのだそうだ。
 ここからが、佐藤さんのすごいところだ。

 憤りがわいてきた。誰かが立ち上がらないとどんどん死ぬ。義憤のようなものを感じた。仇討ちだと思っている。私の大事な友人を殺しやがって!

そして佐藤さんは、NPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げたのだった。

 全国で唯一”自殺予防学”という研究コースを持つ、秋田大学医学部の医学部長である本橋豊先生は、佐藤さんたちの活動を次のように分析されていた。

 実際の自殺対策の現場に出てみると、経営者の自殺、多重債務、貧困など、いろいろ社会的な問題があって、どういう悩みを抱えているかという事に自分の経験を踏まえて対応できる方って、そんなにおられない。秋田県では、昨年自殺者の数が76人減っているが、そのうちの多くの部分は、おそらく佐藤さんが行われてきた実際の相談活動によって防ぐことができたと思っています。

実際に、倒産と病気で自殺を考えたという相談者のNさん(70)は言う。

 俺みたいな貧乏神と疫病神と死神の三つの神様に取り付かれた男なんか、世間で相手にする人間なんて、親子でも親戚でも(いなくて)、佐藤さんだけだ。俺みたいな奴を、常に真剣に相談に乗ってくれたのは。それだけが俺にとっては、本当に救われたと思っている。

前出の荒谷氏も言う。

 自殺する人っていうのは、一人でモンモンとしながら一人で決断して死んじゃうんです。家族も気がつかないといったような状況なんです。そこで相談相手ですよね、まず。悩みっていうのは話すことで半分ぐらいは解消されちゃうわけですよ。


 番組のエンディングで、佐藤さんが強い口調で言っておられた言葉が印象的だった。

 死にたい人はいないってことさ!人間で死にたい人はいないって。死ななければならない原因がそこにあるから。原因を取り除くと人間は死なないんだもの!

 他の人が同じセリフを言っても、これほどまでに心に響かなかっただろうと思うほど、私の目からは涙が出てきた。私がいつも『だって死にたいもんはしょうがない。』などと思っていたことが、やはり何か原因があってのおかしな思考なのだと、素直に思えるような気がした。画面を通しても、この人の温かさが伝わってきた。

 佐藤さんには頭が下がる。ご自身も苦しい立場であろうに、他の人のために奔走していらっしゃる姿には本当に感服した。やはり人間、生きていく上で最もつらいのは”孤独”なのだと改めて思う。そしてその”孤独”に気づいて手を差し伸べる事ができる人は、このギスギスした世の中には救世主として必要不可欠な存在だ。私はいつか佐藤さんのようになれるだろうか。なりたいと思った。

 新聞を片付けようと思いパラパラ中をめくっていたら、ちょうど目にとまる言葉があったのでメモしておく。

 7月2日(水)の日本経済新聞(夕刊)生活面『こころのサプリメント』より。

 子どもに優しくできないという母親の悩みは非常に多い。そんなとき、優しくできない自分を責めるよりも、子ども時代の自分を振り返りその自分を誰よりも理解し受け止め優しく接することが必要だ。それが結果として目の前にいる我が子への優しさにつながっていくことになる。
ピースマインド臨床心理士 三上道代)

なるほどなあと思った。
 私には子どもがいないし、”子どもに優しくできない”という悩みを持っているわけではない。しかし、心に傷を負っている人はみな同じだと思ったのだ。過去を振り返って、失敗してしまったこと、怒られたこと、拒否されたこと、利用されたこと、悲しかったこと、悔しかったこと ─ そんな事を思い出しては後悔して当時の自分を責め、周囲を恨み、けれどもどうしようもない抗えない状態に絶望している私である。このままでは前へも後ろへもどこへも進めない。

 子どもの頃の私も、高校生の私も、そしてうつ病を発症した当時の私も、今でもひとりで泣いている。ひざを抱えてうずくまって泣いている。誰も手を差し伸べてくれなかったあの時の私の”孤独感”を、一番良く知っているのは今の私しかいないのだ。
 今の私が優しくしてあげなくてどうする。愛してあげなくてどうする。「つらいよね。すごく頑張ってるのにね。私にはあなたの気持ちわかるよ。そんなあなたが大好きだよ。」と言ってあげなければいけないのは、まず自分自身だ。

2008.07.04 勉強できるか
 前々から思っていたことが、また頭の中にわいた。困っている人にアドバイスができるようになりたい。そのためのきちんとした知識がほしい。まずは安心してもらえるような資格がほしい。
 今の私でも取れそうな資格はなんだろう。少し調べてみただけでも、福祉関係の資格と言ったら、臨床心理士、精神対話士、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士・・・。毎日学校に通うことなど、今の私には到底無理だ。通信過程で勉強だけでもしてみようか。

 一年ほど前にそんな夢を母に打ち明けたら、あからさまに嫌な顔をされた。「世の中そんなに甘くないわよ。だいたい今までのキャリアはどうするの。そんな元気があるのなら、私の世話をしてほしいわ。」その言葉で、私の夢は一回は消えた。
 けれども、やはり今の私にできることを、私はしたい。

 彼は心配している。また『〜しなきゃ』と自分を追い詰めてしまうのではないかと、心配している。私のネットの友人も、うつ病に苦しみながらも通信教育で介護福祉士の勉強を始めたが、結局テキストの長い文章を集中して読むことができずにいると言う。精神科の先生からは、『今はまだやめなさい。』とストップされているそうだ。
 けれども、以前にくらべて私の状態はかなり改善されているように感じるのだ。頭が混乱してしまうことはまだまだあるが、それでも最近は少しずつ新聞にも目を通すことができるようになってきた気がする。

 多くの人に反対されて心配されてまでも、やるべき事なのだろうか。冷静な判断ができないと言われているうつ病の私が、出来心(?)で”進路”を決めてもいいのだろうか。やる気が吉と出るか凶と出るか。

 最近またネットで対戦パズルをやる時間が増えてきた。以前も書いたが、対戦パズルをやり続けていると、途中から何も感じなくなる。脳が麻痺したような感覚になるのだ。変な事を考えないで時間をつぶすには、ちょうどいい。

 ここで私は、『待てよ?』と思う。何を待っているのだろう?何のために時間をつぶしているのだろう?
 長い目で見れば、待っているのは他ならない『死』なのかもしれない。『人生は死ぬまでの暇つぶし』という言葉を、そのまま表現しているだけと言われればそれまでだが、そこには全く生産性がない。生産性のない人生など、意味があるのだろうか。人生に意味など求めてはいけない。わかってはいるが、それにしてもあまりの無意味さに、情けないを通り越して笑ってしまう。

 だが、生まれてしまったものは生きなければいけない。せっかく五体満足にこの世に生を受けたのだから、勝手に体を傷つけることや、勝手に命を縮めることは許されない。みんなは言う。お願いだから生きていてと。
 だから私は、ひたすらゲームで時間をつぶし、彼が買ってきてくれるご飯を食べ、太るので少しだけ運動をし、そしてまたゲームで時間をつぶす。どこかのコメンテーターに『他人に迷惑をかけるぐらいなら、自分一人でとっとと死んでしまえ!』と言われてしまいそうな、ハタ迷惑な生き方だ。

 もしも、他の誰かが同じ事を私に相談してきたら、私は言うだろう。『あなたがそこにいるだけで、幸せを感じる人がこの世にはいるんですよ。』
 でも本当は、逆に私がこんなことを言われても、全く心に響かないだろう。『その人は、私がいたら幸せに思うかもしれないけど、私がいなくてもそれなりに幸せなんじゃない?』と思うからだ。むしろ私がいないほうが、もっと幸せになるチャンスがあるのではないかとさえ思う。

 世の中で、イキイキと働いたり遊んだりしている人を見ても、うらやましいとは思わない。幸せそうでよかったねと思う。”世界はあなたたちのためのものですよ”と心の中でつぶやく。それから、私だって昔はバリバリ働いていたのになあと悲しく悔しくなってきて、そして最後はあきらめの気持ちがわいてきて、何もかもどうでもよくなってくる。

 私は今日もまた、対戦パズルを黙々とやっている。夜ご飯の事を考えると、吐き気がする。

2008.07.06 私の死亡記事
 深夜にやっていた『天国へのシナリオ』という番組を見た。

 自分はどのように死にたいか?自分の死ぬ日の姿を想像したシナリオを作り、ショートドラマ化。それを見ながら“自分がいかに死にたいか=いかに生きたいか”を語り合う、新しいスタイルのトークバラエティー番組。(NHK番組表より)

夏木マリさんと立川志の輔さんの理想の死に方を見て、”自分が好きなことをして死ぬのが一番の贅沢”なのだなと感じると同時に、”そううまく思い通りには死ねないんだよね”というお話に大きくうなづいてしまった。

 そんなわけで、私には番組の中盤に流れていた”私が書いた私の死亡記事”というコーナーがとても印象に残った。その名の通り、何人かの著名人が自分の死亡記事を想像して書き、それをアナウンサーが朗読しているだけのコーナーである。けれども、どの記事にも少しずつ笑いの要素がちりばめられていて、”死”なんて意外とあっけなく、これぐらいマヌケなものなんじゃないかなと思ったのだ。

 『体がどんどん小さくなり死亡した。』と書いたのは、コメディアンの石井正則さん。

 最後は急速に縮んでゆき、「『死』というより『消滅』じゃな」と言いながらドットのようになり、文字通り人生のピリオドとなった。

思わず「うまいっ!」と声を出して笑ってしまった。誰が面白いことを言えと・・・。

 『ヒマラヤ山中で裸の遺体が発見された。』と書いたのは、ミュージシャンの細野晴臣さん。

 なお、裸の遺体の近くに着衣は発見されず、奇妙なことに普段着ている服は、誰も訪ねて来ない自宅の風呂場に、溜められた水とともにそのまま脱ぎ捨てられていた。まるで入浴中にヒマラヤへ飛んでいったかのような謎の失踪に、関係者は首をかしげている。

ワープして好きな場所で死亡というのもいいものだ。けれども死因は凍死ではなく、栄養失調だそうだ。

 『介護施設で頭部を強打したことによる脳内出血で死亡』と書いたのは、俳人の坊城俊樹さん。

 以前から好意を寄せていた女性をエスコートしようと腰に手をまわしたところ、その手が激しく震えて臀(でん)部をさすってしまい、突き倒された際に後頭部を強打した。

そんな自嘲気味なオバカな死に方もいいかもしれない。坊城さんが想像した辞世の句は、108歳での死亡を予想してこんなものだった。

煩悩の 数に降りやむ 春の雪      俊樹

 番組に触発されて、私もなんとなく自分の死亡記事を書いてみたくなった。色々と考えてみたのだが、どうしても今の私が書くと、自殺あるいは事故による悲惨な死亡記事になってしまいそうなのだ。上のみなさんのように、気の利いた最期が書けない。
 もう少し、元気になったらいつか書いてみたいと思った。他人に見せられるだけの最期を想像できるような、自由な発想の頭になりたいと思った。