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入院6日目

 主治医と面談。昨夜、泣いてしまって眠れなかったことを話す。
「無意識では寂しいと思っていて、でも頭の中では私の価値がないと考えていて・・・」などという話し方をしていたら、「いいですね、それ。ちゃんと自分で分けて見ている。」と主治医に言われた。外側の部分が病気を作っている部分だから、ゆっくりゆっくり剥いでいきましょう、とのこと。

 そういえば号泣の中で、自分の考え方を制御して泣きやんだのは、昨日初めてだったかもしれない。『いろんな人と話をしていろんな考え方を聞きましょう。』と看護師さんに言われた事も思い出す。

 ソーシャルワーカーさんと面談。いろいろと話をした。「神様に罰を与えられているんだ。」と言ったら、「このままだと死んじゃうよ。少し休みなさい。という神様からのサインだよ。」と言われた。同じ事でも、考え方、モノの味方によってこんなに変わるという事が、目からウロコだった。
 ソーシャルワーカーさんから与えられた宿題。それは『休むこと』。

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 夫が面会に来てくれた。今日あった事をかいつまんで話した。頭をなでてくれた。階下まで見送りに行って少し涙が出た。「さみしいよー。」と言えた。夫には、私の事より自分の体を心配してほしい。ちゃんと食べているのか?

(2009/3/7転記)
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病室より
 携帯が使えるので、一応元気ですというご報告まで。

 みなさんからのたくさんのコメントを読みながら、ありがたく思うと同時に、何も考えられなくなっていたこの1ヶ月ほどを不思議に思う。
 この病院にはいろいろな患者さんがいる。大声で叫ぶことやドンドンと壁を叩くことでしか自分の思いを表現できない人たちを見ると、それに比べて私はなんと自由なんだろうと思う。
 私はいつでも泣くことができる。私は言葉を巧みに使って他人とコミュニケーションをとることができる。私は決して孤独ではなかったと気付かされる日々である。

 まだまだ泣いている日が多いものの、一方で自分を冷静に見ることもできていて、それは先生に『いいことですね』とほめられる。無意識下の自分と病気を作り出している自分とを切り分けて考えることができているという。だからその外側をゆっくり剥いでいきましょうという。
 この客観視力は、ブログを書くことでずっと自分を見つめてきたから養われたのかなぁとも思う。

NEC_0006.jpg 外の銀杏の木が色づきはじめている。銀杏の葉は外側から黄色くなることを、初めて知った。