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命の使い道
2007.11.15 Thu 09:28 | エッセイ | 小説・文学
 最近、首都圏では電車への飛び込み自殺が多いように思う。私が気にして見ているだけだろうか。毎日数回は「人身事故」で電車が止まっているニュースが流れる。あと今月に入ってから、なぜか熟年夫婦同士の殺人事件が多い。そしてネットを介した依頼殺人がまた発覚したとか。
 まあ年の瀬だし、みなさんいろいろと切迫した事情があるのだろう。しかしこの手の事件は、テレビで1件報道すると、連鎖して増えるような気がする。「私も」と思うのかどうか知らないが、前例がふと頭をよぎることは確かであろう。こういうニュースはあまり報道しないほうがいいのではないかと思う。もっといい事をした人の話だけを集めたニュースとかあってもいいのではないか。

 ちなみに厚生労働省の統計によれば、平成18年度の自殺者数は29,921人、死因順位でも「ガン」「心疾患」「脳血管疾患」「肺炎」「不慮の事故」についで6位にあがっている。年齢別で見ると(平成15年度のデータしかなかったが)、男性では20~44歳、女性では15~34歳で死因の1位が自殺となっている。
 自殺はいけない。自ら命を絶つことは、人間として最も重い罪である。どんなに辛くても、生き続けなければいけない。生きていればいい事があるとは言わないし、思わない。でもあなたの命は、誰かから一時的に預かっているだけのもの。使命を全うするまで、つまり命を使い切るまで、自分で勝手に終わりにしてはならないのだ。

 はぁ・・・・。書いていて空しくなってきた。宗教的価値観を持ち出さないと、説明もできないような問題。本当は、あまりにも気力がなさすぎて、私には自殺をするだけの元気がないだけの事なのだ。
 働かなくてすみません。奉仕もせずにすみません。今の私は全く社会システムに組み込まれていない。毒にも薬にもならない。私が突然いなくなったところで、気づいてくれるのは何人いるだろう。同居のツレと母親がいつか気づくかな。毎日ここを覗いてくれているネト友の2~3人ぐらいは、ブログの更新がないと心配に思ってくれるかもしれない。でも困ることはないだろうし。
 「いてもいなくてもいい」という事実を、「いてもいい」と捉えるか「いなくてもいい」と捉えるか、微妙なところである。毎日葛藤している。

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