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この世はすべて錯覚だ
※このページには「動く錯視」(静止画なのに動いて見える錯視)が含まれています。車酔いなどを起こしやすい方はご注意下さい。

 昨夜の「爆笑問題のニッポンの教養」は、なかなか興味深いお話であった。「この世はすべて錯覚だ」というテーマで、知覚心理学の北岡明佳教授を訪ねての対談であった。心理学が絡むと、相変わらず途中から爆笑問題の太田さんの暴走は止まらなかった。

 まずコレを見ていただきたい。
北岡先生が作った錯視デザイン作品 「蛇の回転」 静止画である。

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 私にはこれがグルグル回って見える。回りすぎで酔いそうだ。このような目の錯覚の事を、「錯視」というそうだ。「錯視」は心理現象なので個人差が大きいそうで、20人に1人ぐらいは動いて見えない人がいるそうだ。性格が違うとか、知能がちがうとか、そういう事は全くないそうなので、動いて見えなくても安心してほしい。


 錯視のメカニズムはほとんどわかっていないが、わかっているものもあるそうだ。
 例えばこの「踊るハート達 3」 これは動画だが、同じ位置にあるはずのハートが動いて見える。これは「コントラストが高い所は脳内情報処理が速い」、逆に「コントラストの低い所は脳内情報処理が遅い」事を利用した錯視である。つまりコントラストの低い所(色が似ている所)は点滅の速さに比べて処理が追いつかずに、ズレて認識されてしまい、ハートが動いて見える訳だ。



 我々はみな、いま現在の物が見えていると思っているが、実は大脳は刺激を受けてから処理に100[ms](1/10秒)もかかっていて、パソコンが1~2秒間に数十億回演算処理できるのに対して、脳は最速でも1,000回しか動かないのだそうだ。さらにその後の処理もあるし、色によっても時間差がある。
 したがって我々が物を見る時、脳は目から得た特定の手がかりを元に、パッと見て、だいたい正しければOKと判断するトリックを使っている。例えば、果物などある物体を見た時には、それらを単純化した図形で捕らえているのだ。こうした脳のトリックが、錯視を引き起こす原因になっていて、この種の錯覚は、我々の日常生活の中でも、常に起きていることになる。

MullerLyer_thumb.jpg 錯視の例としてはまた、有名な「ミュラー・リヤー錯視」という幾何学的錯視がある。誰もが一度は見たことがあると思う。同じ長さの線分の両端に矢羽を付けた場合、内向きに付けると線分は短く見え(上図)、外向きに付けると線分は長く見える(下図)。錯視量が非常に多い大きさの錯視である。

 この絵に、太田さんが、最近自分が考えている悩みをぶつけ始める。なんでもイメージで決め付けられてしまう話、我々は何でもイメージで捉えてしまいそこから逃げられないんじゃないかという話、だけどそんな自分を許してやってもいいじゃないかという話、結局見ているものは全部自分自身の反映なのではないかと思ってしまう話。毎回この番組を見ている人には、おなじみの太田さんの悩みである。
 上述の2本の線でも、> <や< >があるから、線の長さが違ってみえる。このように錯視を誘導する図形の事を「文脈」と呼ぶ事もあるそうだ。つまりは先入観のこと。人間は「こうなるはずだ」という自分の心の構造にあわせて物事の知覚や認識をしているのだから、ある意味見た物への認識はみな自分に依存しているという考え方は正しい、と先生は言う。
 我々は経験と知識と知覚によって、本当の物は何かを計っている。パッと見てその知覚を本当だと思えば、それは自分にとって本当のもの。たとえ真実とその知識にズレがあっても、そう見えたならその人その人にとってはその認識が真実であるわけで、それは人間として仕方のないことであって、そこから逃れることはできないのだ。

 すると太田さんが、そんな自分から逃げたいと言う。もっと自分を客観視したいと言う。自分が思ってる客観は本当の客観ではないのではないか、と自問自答を繰り返すと言う。
 この辺の考え方、すごくわかる。なんでも自分の価値観で決め付けてしまう自分、自分の中に出来上がっているイメージで物事を見てしまう自分が許せないのだ。先生の言葉を借りると「我々はそんなに、文化的な環境、社会的な環境、自分が育ってきた環境から、自由にはなれない」事に気づいてしまい、そんな環境から逃げ出したいのだ。もっと自由になりたいのだ。微笑んでながめつつ心理分析していく北岡先生は、まるで心理カウンセラーのようだった。

 今回、北岡先生の「錯視デザイン」をいくつか見て、少しは『自分の考え方が全て真実というわけではない』という気持ちが芽生えてきた。というか、理屈ではわかってきた。だがまだ、「失敗を繰り返してしまう自分」を許してあげようとまでは思えない。自分を許すことができたとき、本当に自分の事を好きになることができるのであろう。頭では理解できるのだが・・・・。
 許すべきか、許さざるべきか。そんな私の自問自答は、今夜も続きそうだ。


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