東ちづるさんは、自分がアダルトチルドレンであることを公表し、母との壮絶な戦いの末それを克服された方で、自らのカウンセリング体験をつづった本「“私”はなぜカウンセリングを受けたのか―「いい人、やめた!」母と娘の挑戦
アダルトチルドレンとは、先日報道ステーションで古舘伊知郎さんが使い方を誤って謝罪していたので少し知名度があがったかもしれないが、『機能不全家庭(家庭内に対立や、不法行為、性的虐待、心理的虐待が存在する家庭)で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持っている人』のことを指す言葉である。
まず東さんの生い立ちから、芸能界に入る前までのエピソードを聞いた。
お話を聞いていて、私は自分の小さい頃を聞いているようで辛かった。優等生で、いい子を演じ、母は完璧主義、父は放任主義、なにもかも私と同じであった。『アダルトチルドレン』の条件がそろっていた。それなのに司会の福留功男さんも、間寛平さんも、最初の紹介では「明るくてぜんぜんそんな風に見えませんけどね〜」と笑い飛ばす。とても悲しかった。母は教育熱心で時に行き過ぎていたが、若くして自分を産んだ母の期待に答えようと超優等生になっていった。しかし再生不良性貧血や腹痛でよく体を壊していた。中学に入学し才色兼備と評判になり、高校時代も優等生だったがその頃の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだった。高校時代の友人から思い出話を聞かされてもまったく覚えておらず、のちに「解離性健忘」とわかる。大学受験に失敗し初めての挫折を味わい、母から「18年の期待を裏切った」と言われ自分を責め絶望した。大阪の短大に入学し初めての一人暮らしで開放感からかはじけて遊びまくっていた。ところが頭の中にあったのは「死について」。死にまつわる書籍を集めていたのだった。
(番組ホームページより)
ただ少し違うのは、東さんは一回お母様に「それはおかしいんじゃない?」と口答えしていること。そして10代のうちに大学受験に失敗するという挫折を味わい、そこで母親の期待から外れたことだ。それによって、彼女には多少の自立心が生まれたのかもしれない。
だが東さんは、「いい子でいなければいけない。」というその根底に流れる考え方に、ずっと悩まされることになる。結婚も話し合っていた男性から、「疲れた」の一言で一方的に別れを切り出された事もあった。小さい頃から「愛される人になりなさい」と教えられていた東さんは、愛されるためにはどうしたらいいか考えてばかりいたのだという。したがってその彼との交際も、自分より彼を優先していた。それが彼にとっては重荷だったと言う。彼には「もっと自由に生きていって欲しい」と常に言われていたのだそうだ。
わかるなあ。すごくわかる。私も何度「疲れた」と言われたことか。もう今では、他人が「あ〜疲れた〜」と言っているのを聞くだけでビクっとなる、”疲れた恐怖症”である。
そんな東さんの人生の転機は37歳。ファンの人からたまたま贈られた「アダルトチルドレン」について書かれた本を読み、これは私だと思ったそうだ。そして苦しんでいるのは自分だけじゃないんだ、こうなったのは生まれつきじゃないんだ、と考えるようになったそうだ。
さらに、偶然は重なった。たまたま仕事で出会った心理学の教授に、自分の高校時代の記憶がない話をした。すると先生はこう言ったそうだ。
東さんが、初めて受け止めてもらえた瞬間だったと言う。それは解離ですよ。よかったですね。覚えてなくて。よく頑張りましたよ。
このときの教授、およびその後の東さんのカウンセリングを担当した長谷川博一教授は説明する。
耐え難い状態に身を置かれたとき、そのときの事を記憶から排除するのが『解離』。忘れる必要があるから忘れるのです。東さんは、高校生のときに生きた自分の生き方を変えていきたい、高校生の自分は本当の自分じゃないと思っていました。子供らしさを抑えて生きてきた象徴的な期間と言うのが高校のときなのです。それは本当の自分じゃないから否定したい。そういう前向きな気持ちの表れなのです。
そして東さんは、大好きな存在だけど、嫌いな所もある母に気づいた。その母と戦わなければ本当の自分を見つけることはできない、そう直感し、お母様を説得して2人で長谷川先生のところへカウンセリングに行ったそうだ。
私はすごいなと思った。私には決してまねできない。恐ろしくてそんな事絶対にできない。母を精神病院に連れて行くなんて、悪い子だ。罰が当たる。そう思ってしまう。だが東さんは、もうそれまでにある程度、自己の確立ができていたのだろう。娘に対して「この娘は私をどうしたいんだろう?」と疑心暗鬼時になる母と、時には言い争って戦ったそうだ。
そしてそこで発覚したのは、お母様もまた、アダルトチルドレンだったという事実だった。長谷川先生はこう語る。
だが母娘2人でカウンセリングを受けること1年ちょっと、時に激しくぶつかりながらも、お互い徐々に自分をさらけ出していく。それでも「お母さんが大好きなんだよ。」と言う東さんに、お母様もだんだん変わっていったという。お母さんは人間の負の部分を決して見せない完璧な人。常にニコニコしてて明るくしてて綺麗にしている。これは、人に汚い部分や暗い部分を見せてはいけないというルールを自分に課した、アダルトチルドレンの方です。それで母としての勤め、女性としての勤めを果たしていて、それはニセモノの幸せ感で、そういったニセモノの場合にはどこかで破綻をきたす危険があります。東さんは自分で自発的に気づき具体化して、改善していく。けれどもお母さんは置いてけぼり。お母さんは相変わらずいい人なので、お母さんにも楽になってほしい。だから伝えたいのに、伝えても伝えても全然通じなかった。それで苦しかったでしょうね。バトルだったんでしょうね。
今では、あるがままの自分を手に入れたお母様もまた、新たなる一歩を踏み出している。
お母様からスタジオに届いた手紙に、それは表われていた。
これを聞いた東さんは、あふれる涙をハンカチで押さえながら、こう言った。ちーちゃん、あなたから2人でカウンセリングを受けようよと言われた時は、この年齢で今からと不安になりましたが、人は何歳になっても変わることができるのですね。あれほど世間体や他人の評価を気にしていた私が、今では自分自身の気持ちを一番大切に考えて、自分がやりたいことに色々挑戦して楽しむ様になりました。私はいまだに変わり続けています。一緒にカウンセリングを受けてくれてありがとうね。そして色んな事に気づかせてくれてありがとう。
ちーちゃん、もう一番にならなくていいよ。お母さんが早く気が付けばよかったことだよね。
体に気をつけてね。 母より
いい母娘だなあと思った。まぶしいばかりである。母は本当に頑張りました。
でもやはり、どこか私とは別世界。私が本当に心の鎧を脱ぐことができるのは、自分の老後なのではないかと思っている。そんな諦めにも似た感情を抱くことしかできない、どこか冷めた目で見ている私がいた。












