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差をもって尊し?
2008.03.02 Sun 12:02 | エッセイ | 小説・文学
 新聞を片付けていたら、ある見出しが目に飛び込んできた。

差をもって尊しとなす
日本経済新聞2008年3月1日(土) 1面コーナー記事「日本人とおカネ」より

私は目を疑った。

 新聞記事には、ある有名な日本人ファンドマネージャーが、日本の投資信託会社をやめてイギリス系ヘッジファンドへ転職したという話が書いてあった。その人は、日本の投資運用会社には運用の専門家がそろっていない現状を憂い、運用のプロとして生きたいと念じ、「日本」から去ったという。はい、さようなら。
 運用のスペシャリスト?お金を増やす腕を競い合う?そんな事を堂々と言ってて、恥ずかしくないのだろうか。何かがおかしいとおもいながら、記事のまとめを読んだ。

個人投資家にとっても市場で利益をあげるには、いかに多数派とは違った行動をとれるかがポイントだ。「『和』をもって尊しとなす」から、「『差』をもって尊しとなす」へ。根本的な発想の転換が必要となる。
(日本人とおカネ取材班)

 この文章を書いた記者は「うまい事言った!」とご満悦なのだろうか。「和をもって尊しとなす」は、言わずと知れた、聖徳太子が十七条憲法の最初に掲げた言葉であり、日本人の性質そのものをあらわす道徳観といってもいい。こんなすばらしい言葉を変な風にもじらないでほしかった。私はとても悲しくなった。

 こんな話のときに決まって思い出すのが、村上世彰氏(村上ファンド)の涙目発言。

お金儲けって、そんなに悪いことですか?

いい悪いは、もう個人の価値観の違いとしか言いようがない。だが、お金を元手に、お金を増やしていくということは、その裏では必ず誰かを出し抜いて、誰かを損させているということだ。必ずどこかに泣いている人がいるということだ。お金に困っている人を食い物にする”貧困ビジネス”と何が違うのだろう。

 私がブツブツ文句を言っていたら、彼が「ぐりえちゃんの考え方は社会主義なのかな。」と言う。そんな事を言っているのではない。人と人とは共に助け合って支えあって、成長して生きていくものなのではないのかと言いたいのだ。人は自分の努力に見合った評価と報酬を得てこそ、生きがいを見出せるものなのではないのか。正直者がバカを見る世の中でいいのか。そんなのおかしくない?

 世界の長者番付万年2位のウォーレン・バフェット氏に代表されるように、世界的な大富豪にはファンドマネージャーが非常に多い。元手さえあれば、特にアメリカでは、簡単にお金が増やせるのだ。

全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう
  :
6人が全世界の富の59%を所有し
その6人ともがアメリカ国籍

世界がもし100人の村だったらより)

そしてアメリカの”成功者”の多くは、家族の命を守るための戦争には大賛成だと聞く。

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