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日曜日の深夜にやっていた「NNN ドキュメント'08」は、『母は鬼であり 天使なんだ。絵手紙がつなぐ家族の絆』という番組であった。宮城テレビで昨年の夏に放送した番組だそうだ。
私が忘れられなかった言葉は、非行を繰り返す息子の崇介さん(18歳)の言葉だった。
今の私も、心のもやもやを表現したい、誰かに伝えたい、わかってもらいたい、そんな気持ちでひたすら文章を書きなぐり、(元からとはいえ)家事なんてほったらかし。彼のこともほったらかし。家族のこともほったらかしだ。「順番が違うんじゃないの?」と折に触れよく母に言われる事を思い出す。いったい何をやっているんだ?もっと大事なことがあるだろう?文章なんて書かなきゃいいのにって、実は誰かに思われてるんだろう。
だが、やはり親子の間には、もっと複雑で深いいろいろな思いがあるようだ。崇介さんは小さいころからお母さん子だったという。『いつまで生きられるかわからないから、せめて母親として子供たちに何か残したい』という母の思いも、自分をかまってくれないという寂しさにしか思えないのだろう。実は彼は、母親が死んでしまうかもしれないという辛い現実を、受け止めることができずに苦しんでいたのだ。
一方で母親の洋子さんは、崇介さんの非行の事で悩んでいた。「親しかいないんだよ当たれる人が。外で気を張ってるから。」という友人の言葉にも、涙を拭きながらこう話した。
洋子さんは言っていた。
会田洋子さんのホームページをみつけた。『画伯めいか』 ここに行けば、会田さんの、ユニークで大胆で鮮やかな色彩の絵と、家族への想いがあふれた言葉の数々を見ることができる。
最近、終末医療の話がつづいていたので、もういいかなと思ってブログに書こうかどうしようか迷った。が、見てから1日たってもどうしても忘れられない言葉があって、今まで見た番組とは異なるテーマもあったので、やはり書き留めておくことにする。仙台市内の小さな喫茶店の壁に、たくさんの絵手紙がある。その作者で喫茶店の店主の会田洋子さんはかつて悪性リンパ腫を患い、入退院を繰り返した。今もさまざまな薬を服用しなければならず、再発したら命の保証はないという。洋子さんが闘病の末、家に戻った時、娘はいじめに遭ってリストカットをし、息子は学校に行かなくなっていた。崩壊寸前の家族をつなぎ留めたのは、洋子さんが描いた絵手紙だった。
(番組紹介より)
私が忘れられなかった言葉は、非行を繰り返す息子の崇介さん(18歳)の言葉だった。
私はこの言葉を聞いて、勝手にグサっと胸につきささるものがあったのだ。基本、あの絵きらいなんで。絵を描くようになってから、俺と妹と親父のことをほったらかしなんですよ。絵描き始めてから何もしなくなっちゃって。なんか、絵なんか書かなきゃいいのにって思うのがありますね。
今の私も、心のもやもやを表現したい、誰かに伝えたい、わかってもらいたい、そんな気持ちでひたすら文章を書きなぐり、(元からとはいえ)家事なんてほったらかし。彼のこともほったらかし。家族のこともほったらかしだ。「順番が違うんじゃないの?」と折に触れよく母に言われる事を思い出す。いったい何をやっているんだ?もっと大事なことがあるだろう?文章なんて書かなきゃいいのにって、実は誰かに思われてるんだろう。
だが、やはり親子の間には、もっと複雑で深いいろいろな思いがあるようだ。崇介さんは小さいころからお母さん子だったという。『いつまで生きられるかわからないから、せめて母親として子供たちに何か残したい』という母の思いも、自分をかまってくれないという寂しさにしか思えないのだろう。実は彼は、母親が死んでしまうかもしれないという辛い現実を、受け止めることができずに苦しんでいたのだ。
そう言って、嗚咽を漏らす崇介さん。本当はお母さんが大好きで仕方がないのだと、手に取るようにわかった。毎日が・・・毎日毎日が、夢がお袋が死んじゃう夢なんで・・・
一方で母親の洋子さんは、崇介さんの非行の事で悩んでいた。「親しかいないんだよ当たれる人が。外で気を張ってるから。」という友人の言葉にも、涙を拭きながらこう話した。
それでも、洋子さんにできることは、息子にあてて絵手紙を書き続けることしかなかった。崇介さんは、まだまだ青い小鳥のピーだと。洋子さんは、暖かそうな巣に体の大きな青い鳥の絵を描いて、次の言葉を添えた。だけど切ないよそんなの。やっぱり家のこと考えてさ、娘のリストカット終わったら今度は息子の非行じゃん?あたしは一生懸命がんばってさ、絵描いてさ、それもやめろって言われてさ。
「あ、そう。」とぶっきらぼうに、照れくさそうに絵手紙を受け取った崇介さんは言った。どんな時でも
何があっても
守ってあげるから
いつでも帰っておいでね。
ままのピ~だもんね
「あの絵、嫌いなんだ」と言っていた崇介さん。本当はいつも絵をよーく見ていたのだった。なんか今回のピー不細工だな。目がまず変なとこにある。目とくちばしの位置が違う。
洋子さんは言っていた。
本当にそうだ。自分のためは人のため。人のためは自分のため。そんな普通の人間関係の意味、そして生きていく意味が、今の私はなかなか理解できないでいる。でも、そんな病気になったからこそ、いつかすんなり理解できるようになったときには、得がたい感動と確信が手に入るのかもしれない。絵手紙も、最初は子供へのメッセージだったのが、今では自分の生きがいにもなっています。家族のため人のため=自分のためだったなっていうのは、最近の気づきですけど。時間っていうのはそうやって使っていくもんだって。病気にならなかったらわからなかったですね。
会田洋子さんのホームページをみつけた。『画伯めいか』 ここに行けば、会田さんの、ユニークで大胆で鮮やかな色彩の絵と、家族への想いがあふれた言葉の数々を見ることができる。
こんにちわ - めいか
こんにちわ
画伯めいかの娘、めいかです(笑)
このような記事を書いていただけるとは思いもせず、嬉しいです。
ありがとうございました
画伯めいかの娘、めいかです(笑)
このような記事を書いていただけるとは思いもせず、嬉しいです。
ありがとうございました
2008/12/13 Sat 14:58 URL [ Edit ]
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