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生活保護の水準
2008.06.27 Fri 08:54 | エッセイ | 小説・文学
 ここ2~3日で、生活保護に関連するニュースを2つ見た。
 1つは北海道滝川市の”生活保護費詐取事件”。

北海道滝川市の生活保護費詐取、元組員に懲役13年判決 (2008年6月25日)
 北海道滝川市が2億円超の生活保護費などを詐取された事件で、詐欺罪などに問われた元暴力団組員、片倉勝彦(42)、妻のひとみ(38)両被告の判決が25日、札幌地裁であった。井上豊裁判長は「地方都市の予算を食い物にした未曽有の巨額公金詐欺事件で、生活保護制度のあり方に対する国民の信頼を大きく揺るがせた」として、片倉被告に懲役13年、ひとみ被告に同8年を言い渡した。

 判決によると、両被告は昨年11月までの約1年間に、介護タクシーで滝川市から札幌市内に通院した名目などで、生活保護受給者に認められている通院交通費など計約2億600万円を詐取。判決で井上裁判長は、片倉被告らが、詐取金を高級外国車や水上バイクなどの購入、女性との交際費、札幌・ススキノの高級飲食店での豪遊などに使った事実を認定し、「不正に利益をむさぼり、贅沢三昧の生活を送っていた」と断じた。

YOMIURI ONLINE

詐取された2億円は、滝川市の生活保護予算の6分の1にあたるという。ベンツ2台を所有するこの元暴力団夫婦にどうスゴまれたのか知らないが、窓口のお役人も申請を却下することはできなかったのだろうか。なんとも謎の事件である。
 それにしても、生活保護で”介護タクシー代”が全額支給されるというのも知らなかった。意外と手厚いこの制度。それがこうした不正受給を生む結果につながっているらしい。

 生活保護制度を見直そうという動きもあるらしく、もう1つこんなニュースも見た。

生活保護の老齢加算、廃止撤回求める訴え棄却 東京地裁 (2008年6月26日)
 大門裁判長は「老齢加算を廃止しても、現実の生活条件を無視した著しく低い基準とまではいえず、保護基準の改定は厚生労働相の裁量の範囲内だ」と判断した。同様の裁判は、全国の7地裁でも起こされており、これらの審理の行方にも影響を与えそうだ。

 受給者側は、廃止により生活が困窮し、親族の葬儀に参列できなくなった、などと主張。「正当な理由なく削減することは、健康で文化的な最低限度の生活を保障した憲法に違反する」と訴えていた。
 一方、自治体側は、「一般の低所得高齢者世帯の消費実態を検証した結果、70歳以上の高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な消費需要がない」と指摘。厚労相の決定は、「裁量権の範囲内」と反論していた。

asahi.com)

確かに困っているお年よりには不便だろうと思う。しかし、このニュースをテレビで見ると、私は少々疑問を感じてしまうのだ。インタビューを受けている”お年寄り”がこぼしている不満・・・それが「お芝居にも行けない」、「中国産の野菜しか食べられない」、「孫に会いに行けない」、「冠婚葬祭費が足りない」、「町内会を脱退した」などなど。私の意識では、生活保護を受けていない世帯でも、その辺を我慢している人は、いくらでもいると思うのだが。けれども訴えているお年寄りたちは、これらを奪われることで、”生きる希望”がなくなると言う。

 生活保護ってなんなんだろう。生活保護法をもう一度見直してみた。

生活保護法 (昭和二十五年五月四日法律第百四十四号)
第一章 総則(第一条―第六条)
第一条(この法律の目的)
 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に村し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
第二条(無差別平等)
 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という)を、無差別平等に受けることができる。
第三条(最低生活)
 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。
-以下略-

『健康で文化的な生活水準』の基準があいまいなのだ。

 朝の情報番組で、みのもんたさんが、「若い方々!お年寄りをこんな目にあわせたらいけない!あなたたちだっていつか自分たちがお年寄りになるんだから、もう一度考え直してください。」とコメントしていた。
 しかし働き盛りの若者も、自分たちの今の生活で手一杯というのが現状である。私が支援しているNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の活動などを見ると、社会からはじかれ住む場所もない働くこともできず、”ホームレス”状態となって自立できないでいる若者がゴロゴロしている世の中である。
 さらに、日本の人口分布は逆ピラミッド。若者が『今のお年よりはまだイイんじゃないの?自分たちなんて・・・』と思ってしまうのは否めない。その絶望感をこれから何十年間も持ち続けて生きていかなければならない方が、私にとっては辛い。

 『お年寄りに生きる希望を!』もそうだが、年齢に関係なく『日本人に生きる希望を!』と私は言いたい。
 昨年の夏、北九州市で生活保護を”辞退”させられ、日記に「おにぎり食べたい」と書き残して孤独死した男性(52)がいた。『健康で文化的な生活』を維持する前に、一人一人の生命を維持することがまず先なのではないかと思うのだ。
 言ったもん勝ち、訴えたもん勝ち、スゴんだもん勝ち、弁護士がたくさんついたもん勝ち・・・そんな制度ではいけないと思うのだ。本当に苦しんでいる人は、自分が苦しみの中にいることにも気づかずに、誰とも話せず泣くこともできずに倒れている。

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