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命の軽さ
 それは、ほんの些細な事がきっかけだった。

 だるくて床に倒れこんでみたら、目の前の床を私の大嫌いなタバコシバンムシが歩いていた。駆除しても駆除しても大発生するタバコシバンムシに、私はもはや、彼らを見るだけで全身が痒くなるようになってしまっていた。けれどもだるかったので、その時の私は見て見ぬふりをすることにした。
 顔をそむけて目を伏せたとき、左足に何かがモゾモゾと這って歩くような感覚を覚えた。また気のせいだろう。精神的にまいっているだけだ。けれどもチラっと足に目をやった私は、思わず「いやあああああ」と声を出してした。タバコシバンムシが一匹、私の素足の膝の上を歩いていたのだ。

 思わず私は起き上がって、タバコシバンムシを叩き落とした。床に落ちたそれをつぶした。ついでに、さっき歩いていた仲間もつぶした。

 全身が痒くなった。掻いても掻いても、痒いところに手が届かない。精神的なアレルギーなのだろう。どこを掻いても、気持ちがおさまることがなかった。
 そうしているうちに、私は何をしているんだろうという、いつもの罪悪感が襲ってきた。そもそも、タバコシバンムシは何も悪いことをしていないのに、なぜ私なんかに殺されなければいけなかったのだ。いなくなったほうがいい無用な生物は、私のほうだ。私さえいなくなれば、彼らだって死なずにすんだのに。私さえいなくなれば、私のこの痒みも消えてなくなる。すべてが丸くおさまるのに。

 消えてしまえ。私なんて消えてしまえ。気がつくと涙がとめどなくあふれていた。
 ようやく異変に気づいた彼が「どうしたの?」と問いかける。「虫をつぶしちゃったの。死ねばいいのは私の方なのに、その私が虫を殺してしまったの。」と私が泣くと、彼は困った顔をした。「虫と自分の命を比べるなんておかしいよ。冷静になって考えてごらん?」

 彼にはきっとわからない。冷静になって考えても、私には同じ結論しか浮かばないのだ。たぶん私は、彼の100倍以上の時間を費やして自分の存在価値について考えている。論争になったら、彼を論破してしまいそうな筋道の通った思考が私の頭の中にはある。けれども、彼はそれを「おかしい。」と真っ向から否定する。

 これ以上の説明をしても、私は彼を困らせるだけ。きっと彼は私を面倒くさく思うだろう。疎ましく思うだろう。けれども責任感の強い彼は、私を見放すことはできないのだろう。彼は苦しむのだろう。
 私は消えてしまいたかった。彼に気づかれないように、忽然と姿を消したかった。涙が止まらなくなって、嗚咽となった。

 私は彼に言われるまま、とんぷく薬を飲んで、パキシルを1錠多めに飲んで、頭の動きを鈍くして、バカになって寝た。

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